第9話


 翌日、ニットベストを着て登校した俺はクラスメイトに「五十嵐が一番乗りか」と半分揶揄われながら肩を叩かれた。もちろん恥ずかしさはあったが、揶揄われるのは全然構わなかった。むしろ何も言われずに痛い目で見られる方が嫌だ。


 昼休み、昨日と同じようにひとりぼっちのニットベスト・松葉実里はきちんと自分の席についてお弁当を食べていた。俺はその横の空いてる席に座り、持って来たお弁当を開ける。


「五十嵐くん、今日は早いね。それに秋服」


「うん、なんとなく。これは別にいつでもいいかなって」


「私もね、このベスト可愛いから早めに着てるの。まあちょっと浮いちゃうけどね」


 実里が笑いながら肩をすくめる。彼女には彼女なりの正義があって、一人でも早めにベストを着ているのかと思うと、健気な彼女が愛しく思えてきた。


「今日は一人じゃないし、二人だし。昨日よりはたぶん浮いてないと思う」


「ふふ、そうだね。ありがとう」


 別に感謝されるためにベストを着てきたわけでもないのに、そう捉えられてしまうように話した自分がちょっと憎らしい。


「今日は松葉さんの好きな本の話聞かせてよ」


「え、いいけど。長くなるよ?」


「大丈夫。昼休みはまだあと30分もあるから」


 俺がそう答えると、彼女は好きな作家や作品について語り始めた。


「基本どんなジャンルも好きだけど、最近は女性作家さんにはまってて。青山美智子さんの『月の立つ林で』は全然派手な展開じゃないのに、ほっこり心が温かくなる感じが大好きだし、藤岡陽子さんなんてどの話もリアリティがあって共感できる部分が多いの。他にも森絵都さんでしょ、西加奈子さんでしょ、小川洋子さんに……」


 爛々と輝く瞳を何度も瞬かせ、彼女は文字通り意気揚々と語っていた。その姿は、まるで狭い水槽から大海原へと飛び出して自由の身になった海ガメのようで、見ていて俺の方が心が晴れ晴れとした気分だった。


 そうして二人で好きな本について語り合い、気がつけば昼休みが終わっていた。


「あっという間だったあ。ありがとう、五十嵐くん」


「いや、こちらこそ。いろんな話が聞けて楽しかったし、松葉さんのことをたくさん知れて良かったっていうか」


「それは……ありがとう」


 恥ずかしながらも目を細める彼女を見届けて、俺は七組の教室を後にした。これからの高校生活がどんどん色づいていく気がする。単色だった緑の葉が、日の光を浴びて赤く煌々と染まっていくみたいだった。

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