第6話

 

 目が覚めた俺は、見慣れない天井の模様とカーテンで仕切られた空間に頭が混乱した。ここは、病院……? いや、遠くから聞こえてくるピストルの音を聞くに、まだ運動会中の学校ではないか。


「あ、五十嵐くん起きたのね」


 記憶喪失者のようにぽかんとしていた俺に、カーテンの隙間から顔を覗かせて声をかけてくれたのは保健の先生だった。


「俺、どうしてたんだっけ」


「熱中症で倒れたのよ。症状はそんなに重くなかったけれど、今日のところは帰宅時間までここで休んだ方がいいわ」


「はあ」


 熱中症なんて、まさか自分がなるとは思っていなかったし、運動会本番に倒れてしまうとも思わなかった。俺は全身から力が抜けて、天井の模様に視線を這わせていた。


「あ、そうそう。運んできてくれた子が心配してたから明日以降、きちんとお礼を伝えてあげて」


「運んできてくれた人……」


「二年七組の松葉実里さんよ。お友達なんでしょう?」


 さも当たり前のように養護教諭が「お友達」と口にして、俺はその場の成り行きで頷いてしまった。


「それじゃあ早いとこ伝えたほうがいいわね。とにかく早く良くなるよう、今は安静にしていなさ

い」


「はい」


 これ以上は用がないのか、養護教諭は再びカーテンを閉めて、俺を休ませようとしてくれた。

 何もやることがなくなった俺は、運動場から聞こえてくる閉会式開始のアナウンスと生徒たちの歓声を聞きながら、先ほどの出来事をぼんやりと思い返していた。


 松葉実里。


 なんとなく名前は聞いたことがあったが、今日初めて言葉を交わした。なにせ俺の学校は一学年

に400人もの生徒がいるので、知らない生徒がいても不思議ではない。話し方や声の出し方からして、普段はあまり積極的な性格ではないように思う。でも、熱中症らしい俺を放っておくことができず、勇気を出して話しかけてくれたのだ。明日は振替休日なので、保健の先生の言う通り、明後日学校に来た際にお礼を伝えに行こうと心に誓った。

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