3
「お嬢ちゃん、この色はどうかね?」
里の奥の一角に、小さな古着屋がある。
そこでりつの着物を見ていると、店の主人に声をかけられた。
「お嬢ちゃんじゃないよっ。僕は男だよっ」
「えっ?こらぁたまげた。可愛らしい顔をしてるからてっきり女の子だと…」
「違うよ。僕はおっきくなったら、ゆきはるみたいになるんだ!」
「ゆきはる?」
首を傾けて考え込む主人に、俺が笑いながら答える。
「ゆきはるとは俺のことだ。この子は、俺のように大きくなりたいと言ってるのだ」
「はあ…。ん?坊っちゃん、父ちゃんのことを名前で呼んでるのかい?」
「なあに?ゆきはるはゆきはるだよ」
りつが真剣に着物を見ながら、答えにならない答えを言ってる。
俺も敢えて答えないでいると、主人は諦めたのか、りつに「気に入ったのがあるかい?」と聞いた。
「うんっ、これがいい!」
りつが掴んだ着物は、渋い藍ねず色の大人物だった。
「うーん…坊っちゃん、それは大人用だな。坊っちゃんは着られないよ…」
「うん、そうだよ。これはゆきはるの着物だもん」
俺は破顔して、身体を屈めてりつの顔を覗き込む。
「ははっ!りつ、俺のを選んでくれてたのか?うん、いい色だな。じゃあこれをもらうとしよう」
「へ?いいので?」
「ああ。代わりにりつのは俺が選んでもいいか?」
「うん!ゆきはるが選んで」
「そうだな…。この
「じゃあそれにする!」
「よし。すまぬが、これとこれをくれないか?」
「へい。ありがとうございます」
「あっ、猫がいる!見てきてもいい?」
「いいが、遠くには行くなよ?」
「うん!」
りつが店の前を横切る三毛猫を追いかけて、走り出た。
それを目で追いながら、俺はもう一つの着物もくれるように頼む。
三枚の着物を風呂敷に包み、おまけだという飴をもらって店を出た。
りつを探そうと首を巡らせると、すぐ傍にりつがいた。
「どうしたんだ?」
「猫…逃げちゃった」
「ああ、猫は追いかけられたら逃げるもんだ。りつ、飯を食いに行くぞ。機嫌を治せ」
「うん。あ、それなあに?」
風呂敷とは別に、俺が持つ小さな紙の包みを見てりつが聞く。
俺が包みをりつに渡すと、中を見たりつが歓声を上げた。
「あっ、甘いやつ!どうしたの、これ?」
「着物をたくさん買ったからとおまけにくれた。食べてもいいが、飯の後にな」
「うん!僕これ、大好き!」
「知ってる」
くくっと笑って、りつの頭を撫でる。
俺は、りつの笑顔を見ると胸の奥が暖かくなる。幸せな気持ちになる。
ずっとこんな毎日が続いて欲しいと願って、りつの小さな手をしっかりと握りしめた。
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