第20話 アレクシスの願い

 辺境伯アレクシスは、帝国軍と数百年にも渡り戦火を交えてきた武闘派の貴族の主だ。


 王国を防衛するという立場上、他の貴族とは違い、特別な権限を与えられている。


 そのため、アレクシスの持つ影響力はそこら辺の貴族を上回り、王都の貴族に並ぶとされている。



 そんな辺境伯アレクシスの住む屋敷に俺は来ていた。


「おお! 使徒様! ようこそおいでくださいました!」


 屋敷に着くと、すぐ屋敷の目の前からアレクシスの姿が見えた。


 領主自らに地位も金もない俺を出迎えるのか……。


 俺はアレクシスの対応に困惑しながらも、小さく手を挙げた。


「あ、ああ……アレクシス……元気そうだな……」


 俺は小さな声でそう言いながらも、アレクシスの周りの護衛達を見てみる。


 周りの護衛達は……うん、ダメだ。


 全員女神教の教典を持ってる。


 しっかりと護衛達もネルの布教されてしまっているようだ。


 この屋敷には、俺を女神に遣わされた使徒だと信じている女神教徒しかいないという訳か……。


「さぁ、お入りください! 使徒様には折り入って話したいことがありますので!」


 辺境伯とは思えないほど、へりくだった態度でアレクシスはそう案内した。





 *******





 案内された部屋は、アレクシスの書斎だった。


 周りには護衛の一人もおらず、俺とアレクシス二人だけの空間がそこにはあった。


「ふふっ、やっと二人きりになれました。使徒様」


 部屋に入ると、すぐにアレクシスがニヤニヤと笑みを浮かべながら小さな声でそう言った。


「え……? な、なんだ……?」


 俺はアレクシスのそんな表情に警戒感を持ってしまう。


「これをご覧下さい! 使徒様!」


 すると、アレクシスは部屋の奥の方から何かを取り出すと、自慢げにそれを見せつけた。


「これは……」


 俺の目の前には、女性の木彫りの彫刻があった。


 流れるような長髪に、そこから生える二本の角。


 繊細な技術で造られたそれは立派な芸術作品だった。


 しかし、唯一気になることは明らかに、それがリヴィアにしか見えないということだった。


 これ……リヴィアだよな?


 二本の角に腰まで届く長髪……こんな特徴的な容姿はそう多くはない。


 顔つきも相当リヴィアに酷似しているし……。


「これはネル様が教えてくださった女神様を想像して、彫刻家に造らせたものです! どうでしょうか……? 女神様に似ていますでしょうか……?」


 アレクシスは不安そうな顔つきで、そう尋ねた。


 え? 女神様? この像が……?


 俺は改めて、目の前の像をじっと見つめる。


 …………。


 ……リヴィアにしか見えない。


 まぁ、言われてみれば、女神みたいなモチーフで造られている彫刻のようにも見える。


 しかし、俺は女神様なんて見たこともなければ、そもそも存在しないことを知っている。


 ここは適当に誤魔化すしか無さそうだ。


「そ、そうだな……。結構似てると思う……」


 俺は曖昧な回答をアレクシスに返した。


「そうですか!? でしたら、これを崇拝するというのは……!」


「え? ま、まぁ、良いんじゃないか?」


 食い気味に迫るアレクシスに、俺は適当にそう答えた。


「あ、ありがとうございます!! これで、やっと広場に女神像の建設が進められます!」


 アレクシスはめちゃくちゃ嬉しそうな表情でガッツポーズを取った。


 女神像の建設……?


 それ……大丈夫なのか?


「お、おい、聖教に気づかれないようにしろよ……?」


「もちろん分かっております! しかし、あの憎き聖教を打ち倒すためには、女神像の建設が必要なのです!」


 俺がそう咎めると、その倍の勢いでアレクシスはそう反論した。


 憎き……聖教……?


 立派な王侯貴族の一角を担うアレクシスの口から、そんな言葉が飛び出てきてしまった。


 信仰ポイントのためとはいえ、これは大丈夫なのだろうか……。


「ま、まぁ、とにかく、本題に移ってくれ……」


 俺は頭が痛くなるのを感じながらも、そう話を切り出した。


「そうでした。使徒様に話さなければならないことがありましたね」


 すると、アレクシスはさっきまでの喜ばしそうな表情を消し、神妙な面持ちでそう言った。





 ******





「使徒様、今、王国は滅亡の危機にあります。聖教会は腐敗し、聖騎士団は既に機能していません。王であろうとも、今の聖教会には逆らえません……。悪い状況は一向に変わりません。このままでは帝国に国を滅ぼされてしまいます」


 アレクシスは真剣な眼差しで、俺にそう王国の実情を語った。


 アレクシスの口から出てくる言葉には、妙な重みがあった。



 確かに俺が王都から出ていく前から、聖教会は様子がおかしかった。


 聖教会の上層部は、帝国を脅威と見なさず、何の対策も取らない方針を推し進めていた。


 その方針に王や貴族は逆らうことができずにいた。


 それから数年が経つと、いつの間にか聖騎士団が勢力を伸ばし、貴族以上の権限を持つようになっていた。



 今思えば、どうして王族や貴族たちは聖教会に反発することができなかったのか。


 どうして、そこまでの力を聖教会は手に入れることができたのか。


 主人公を探す以外のことを、全く考えていなかったせいか、そのことまで俺の頭が回っていなかった。



 聖教会は物語の根幹に関わるものを、もしかしたら隠しているのかもしれない。


 こんなことなら、あんなクソゲーでもやっておけば良かった……。


 俺は前世で絶望をプレイしなかったことを悔やんだ。


「……そうだな。確かに今の聖教会はどこかおかしい」


「そうなんです。そこで使徒様……! 使徒様ならば、今の王国を変えられると思います! お願いします! 王国を救ってください!」


 すると、アレクシスはそう言うと深々と頭を下げた。


 まぁそもそもゲームの進行上、俺は王都にいつかは行かざるをえない。


 どんな顛末をこの世界が迎えるかは不明だが、物語である以上は王都の歪みも解決しなければハッピーエンドは訪れないだろう。


 しかし、今すぐにはダメだ。


 せめて、リヴィアが50レベルを超えないと危険な王都には行けない。


 なにせ、この世界は絶望の世界なのだから。


「まぁ……考えておく。しかし、時間が必要だ」


「それで良いのです。いつか使徒様が王都に行って、腐敗した聖教を打ち破ることが出来るのなら憂いはありません」


 俺がそう言うと、アレクシスは深く頷きそう答えた。

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