第5話 違和感

「今日はもう寝よう。明日、色々話そう」


 俺はすっかり瞼を赤く腫らしたリヴィアにそう言った。


 もう夜も遅いし、リヴィアもきっと疲れているはずだ。


「そ、そうですね……」


 すると、さっきまで楽しそうに談笑していたリヴィアの表情が曇ってしまった。


 リヴィアの笑顔が消えてしまったのだ。


 その事実だけで、俺の心臓がギュッと締め付けられる。


「り、リヴィア? 大丈夫? 何か気になることでもあるのか?」


 俺は心配で心配で堪らず、リヴィアにそう尋ねた。


「そ、その……夜……怖くて……」


 リヴィアは恥ずかしそうに目を伏せながら、小さな声でそう言った。


 その恥じらうような仕草と、薄赤く染まったリヴィアの頬。


 ダメだ……リヴィアが可愛すぎる。


 主人公の愛されパワーと言うべきなのか、次元の違うリヴィアの可愛さに俺は動揺してしまう。


「あ、ああ……ね、眠るまでは近くにいてあげるから……」


 俺はそう言って、リヴィアの小さな手を握った。


「あ、ありがとう……ございます……」


 リヴィアは恥じらいながらも、嬉しそうな笑みを浮かべた。





 ******





 リヴィアをベッドで寝かせ、俺は眠りにつくまでリヴィアを見守った。


 俺はリヴィアの可愛らしい寝顔を見れるだけで嬉しい気持ちなってしまった。


 そのうち、俺も眠くなってきた。


 俺は椅子に座ったまま、ただリヴィアの手の感触だけを感じながら目を閉じる。




「もう……眠くなってきました?」


 すると、既に眠ったはずのリヴィアの声が聞こえてくる。


「え……? ああ……そう……だな……」


 意識が朦朧として、目が開かない。


 思考が鈍化して、細かいことが考えられなかった。


 今まで陥ったことのない感覚に、俺は不思議な感覚になる。


 ふわふわしてて、何も考えられなくて、それが心地良い。


「あなたの名前は……なんて言うんですか?」


「俺の……名前は……キース」


 リヴィアの蕩けるような透き通った声が聞こえてくる。


 その声に、俺は従順に質問に答える以外の思考ができなくなる。


 まるで魔法にかけられたように、質問に答える以外の思考が封じられていた。


「うふふっ……キースさんって言うんですね……」


 リヴィアは俺の名前を呼ぶと、小さく笑い声を上げた。


「ふふっ、キースさん……もう……絶対逃がしませんから……」


 リヴィアは手を握る力を入れ、ぎゅっと俺の手を圧迫する。


 優しくも、確かな力強さを感じる圧迫感に、俺は少し動揺してしまう。


 目が開けられないせいで、リヴィアがどんな顔をしているのか分からない。


 それでも、俺の想像しているようなリヴィアとは違う表情を浮かべていると、感覚的に分かってしまった。


 もしかしたら、俺が拾ったのは主人公じゃなくて……。


「おやすみなさい。キースさん」


 リヴィアの声が聞こえてくると、俺の意識はここでプツンと途切れてしまった。






 ********




「あ……れ?」


 急に目が覚める。


 あれ? いつの間に眠っていたんだろうか。


 意識だけ失わずに寝る訓練は結構やってたんだけど……昨晩は意識まで失っていたようだ。


 俺がそんなことを疑問に思っていると、ふと視界にリヴィアの寝顔が飛び込んできた。


 うん。まぁ、いっか。


 いつ意識を失ったかなんて問題じゃない。


 あまりに可愛らしいリヴィアの寝顔を前に、俺の余計な思考は吹き飛んでしまった。


「……ん? あれ?」


 不意に俺の右手を見てみると、そこには紫色の刻印があった。


 ここは確か……昨日の夜からリヴィアと繋いでいた手で……。


 ん……? なんで、こんな変な模様が出てるんだ?


「───おはようございます。キースさん」


 すると、いつの間にかリヴィアが目覚めたようで、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


 リヴィアは自然な所作で俺の手を掴み、小さく笑った。


「……あ、あれ? 名前、教えたっけ?」


 俺はリヴィアが名前を知っていることに小さな違和感を覚えた。


「ふふっ、忘れたんですか? 昨日、教えてくれたじゃないですか」


「あれ? そうだっけ……? まぁ……そっか。確かに……教えた気がしてきた。ごめん」


 俺はリヴィアの不思議そうに首を傾げる姿を見て、自分が情けなくなりそう謝った。


 変な違和感で、リヴィアを困らせちゃダメだよな。


 俺は自分の行いをそう反省した。


「そんなことより、今日も一緒にたくさん話しましょう。キースさん」


 リヴィアは俺の両手を握り、それを胸に押し当てた。


 柔らかい感触が手を伝い、何故か心臓の鼓動が速くなってしまう。


 目の前の一回りも年下の少女に、俺は緊張してしまっていた。

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