⑤天蓮

東雲しののめは近づいて、ほうっと感嘆の息をこぼした。


石の光をたよりに改めて仕掛け全体を眺めてみると、四本の柱に支えられた天板の上部が、三角屋根のような尖った形状になっている。てっぺんの先端部分が、光る石に吸い寄せられるかのごとくぴたりと触れ合い静止しているのだ。

石と天板の間には、吊りあげるための縄や鎖のようなものはない。仕掛けは文字通り宙に浮いていた。


「……はてさて。こんなもん、浮世では決してありえんよなァ」


思わずにんまりと口の端が引き上がる。

得体の知れない物に対する警戒はもちろんあったが、それよりもいよいよ現実離れしてきたことに、愉悦の気持ちがにじみ出たのだ。


東雲しののめは好奇心のおもむくままに跳びあがって、屋根の上へと身を乗りあげた。男ひとり分の重さで仕掛けが下降し、石との間に隙間ができるものの、それらは依然として磁石のように引きつけ合ったまま安定している。


まじまじと観察していると、またしても変わった物を見つけた。

仕掛けの三角屋根は、細い網目状の金属でつくられたかざかごになっており、中の空洞が透けて見えた。その中に黒いはすに似た花が浮いている。――そう、浮いているのだ。


光る石も珍妙であるが、格子の中でくるりくるりと回る花もまた異質である。

もしや、これが宙に浮くカラクリの核心部分なのか……。


無意識に身を乗りだしていたのだろう。東雲しののめの身体が石の光をさえぎって、黒い花の上に影をつくった。その直後。――足もとの仕掛けが、ふいに重力を思い出したかのように落下した。


「おぉおっ!?」


ほぼ反射的に東雲は光る石をつかんだ。拳ほどの大きさしかないそれは、半分ほどが天井に埋まっており、つかめる面積はわずかしかない。


「くっ、ぉ、お!」


間一髪、宙づりとなった身体の真下で、今しがた昇ってきたばかりの暗闇が、戻って来いと言わんばかりに大口を開けている。


ひやり、と肝が冷えた。

東雲しののめは手汗ですべりそうになる指先にありったけの力をこめ、体を前後に揺らすと、からくも上階の足場へ舞い戻った。


危うく二度目の死をむかえるところである。


情けなくもばくばくと動揺する心臓をなだめている間に、再び階下からすーっと音もなく浮上してきた仕掛けが、なに食わぬ顔でもとの位置におさまった。


「…………」


東雲しののめは誰が見ているわけでもないのに、ばつが悪そうな面持ちで視線を泳がせた。

一体自分はなにをやっているのか。


「浮かれているのは俺の方だってか……。やかましい、自覚してるわ」


無理からぬことだ。

ここは伊賀の里でもなければ、彼を縛る伊賀者は誰一人としていない。


十数年もの間囚とらわれていたしがらみから解き放たれた今、平常心を保てという方が土台むちゃな話なのである。

しかしこれでは、いつ再びころっと死んでしまうかわからない。


東雲は気合を入れ直すように両頬をたたいた。


臨兵闘者りんぴょうとうしゃ、以下省略!」


喜ぶのはまだ早い、と喝をいれる。

しかしその姿すら、やはりどこか楽しげであった。

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