③窃盗


そうと決まれば、まずは先立つ物を得なければならない。

浮かれてすっかり失念していたが、今の今まで、彼はずっとまっ裸でたけっていたのだ。新たな門出にこれはいただけない。


東雲しののめの視線は、おのずと石床に転がっている鬼の死体へたどりついた。


「あー……、つかぬことを聞くが、鬼も涙する時があるというだろう。お前さん、俺を哀れと思ってくれるなら、ちょいとめぐんではくれんか。なァに、死後に徳をつむというのもなかなか乙なもんだぞ」


勝手きわまりない適当な言い分を並べたてながら、東雲しののめはいそいそと鬼の衣服を剥ぎにかかった。

ここでなんの躊躇もしないあたりが、彼が地獄に堕ちたゆえんに違いない。

もっとも、忍に慈悲だの人情だのを説くこと自体おかしな話ではあるが。


それはそうと、鬼の服というものはなんとも珍妙である。

日ノ本の着物とはまるで違うつくりの衣服に、東雲はやや手間取ってしまった。

どちらかといえばさかいの港にやってくる西洋人の装いに近いだろうか。特に皮製の分厚い上着などは、いたるところに留め金がついており、無駄に複雑な構造をしていた。


「風変わりな着物じゃな。――地獄は地獄でも、南蛮の魔境に落っこちちまったのか? さすがにパアデレの教えまでは覚えてねェぞ」 ※


さらに鬼の体格というものは、普通の人間と比べひとまわりもふたまわりも大きい。拳などは東雲しののめの頭ほどもあり、これで殴られればまず骨はバラバラに砕けよう。


すべての衣類を脱がせ終わる頃には、軽く息が上がるほどの重労働であった。クマと相撲をとらされた気分である。


しかしせっかく着る物を手に入れたはいいが、いかんせん丈が大きすぎる。用途が分からない物もいくつかあり、上着の大部分は鬼の血で汚れていた。


東雲は物珍しげにひとつひとつ見分しながら、手についてしまった少量の血をなめとった。


「牛のような臭いじゃ。まだ新しいな……」


近くに他者の気配はない。鬼同士で殺し合いでもしたのだろうか。それとも、地獄には鬼すら襲う化け物がいるということか……。いずれにせよ、長居は無用である。


東雲は薄い布の衣を縦に裂くと、ふんどしとしてあてがった。鬼はゴテゴテとした革靴をはいていたが、大きさが合うはずもないので、仕方なく余りの布を足に巻き、足袋の代わりとする。

やけに頑丈な光沢のあるはかまも、丈が余った分は折り返し、だぼつく腰回りは裂いた布を帯として締め上げた。

それから、上着の内側に着ていたためかろうじて血が付着していない袖なしの黒い服を、頭からかぶる。

最後に、これまた細く裂いた布の余りで後ろ髪を適当に結わうと、不格好ながらもなんとか体裁は整った。


東雲しののめは部屋を見まわし、隅に置かれた麻袋のひとつを開いた。

中には米粒ほどの種がぎっしりとつまっていた。ビードロのように淡く透きとおったそれらは、炎の灯りを柔らかく反射して宝石のようにきらきら照り輝いている。


「こりゃまた面妖な……、もらえるもんはもらっておくか」


数粒つまんで腰帯にはさむ。さらに、例の白い植物を根巻きしている太い縄を解くと、これも短く束ねて帯につないだ。 他にめぼしい物はないようだ。


東雲しののめはいよいよ古びた木戸の前に立った。

向こう側に動く者の気配がないことを確認すると、音を立てぬようそっと取っ手を押し開く。


しかし、その先にあったのは――暗い闇と行き止まりであった。




―――――――――――

※パアデレ=キリスト教の宣教師の事

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る