14.報酬が無くても受けてたけどね。ほんとだよ?


 あの後、相楽さんはトイレの前で張っていたようなのだけど、私が用を足している間に始業のチャイムが鳴ってしまったことで教師に連れていかれてしまったらしい。

 外からまたもや問答が聞こえて、どれだけ頑固なんだと辟易してしまった。


 ぐったりして迎える放課後、昇降口に降りると…………


「うわあ待ってる……」


 相楽アヤメが出口の脇に背筋を伸ばして立っていた。

 私を待っていることは明白である。


 あの強引さ、正直関わりたくない。

 中庭の方から迂回すれば見つからずに校門へ回れるし、そのプランで行こう。

 私は相楽さんに見つからないうちに方向転換して……足を止めた。


 ――――どうしても聞いていただきたい話があるのです。


 どう考えても冗談の類ではない。

 あの子の表情は必死そのものだった。

 放って帰れば、彼女はずっとあそこで待ち続けることになるのだろう。

 事情を心の内に抱えたまま、ずっと。


「…………はー……」


 行くか。

 ああもう、コミュ障には人に話しかけるのにすごい勇気がいるんだぞ。

 腹を決めて踵を返し、相楽さんのもとへずんずん歩いていく。


「相楽さん」


「あっ、御影様……! 来てくださったのですね!」


 ぱあっと花の咲くような笑顔を浮かべる相楽さん。

 ううっ、さっきまで放って帰ろうとしていた私の心が痛む……。


「……とりあえず一回”様”やめよっか?」


「いえ、これからお頼み申し上げる身ですので」


「いや、いいから。あの、目立つからさ……」


「謙虚な方なのですね……」


 いやほんとに目立ちたくないんだってば。

 今も下校する他の生徒たちの視線がすごい集まってるんだから。


 私ってなんでこんなにじろじろ見られるんだろ……。

 不安になって前髪をいじっていると、元から良い姿勢をさらに正して相楽さんは私を見上げる。


「ダンジョン探索者である御影ユウ先輩の腕を見込んで、依頼があるのです」


「依頼……?」


 ええ、と相楽さんは頷く。

 そのまま深呼吸をひとつ挟み、意を決したように声を発した。


「花織市第一ダンジョンの第二層。その奥底を根城にしている不届き者たちを排除していただきたく存じます」



 * * *



 昇降口で長々と話すのもどうかと言う感じだったので、詳細については歩きながら話すことになった。

 私は今日もダンジョンに潜る予定なので、相楽さんはセンターへ向かう私についてくるらしい。


「しかし排除って、だいぶ物々しい響きだね……」


「駆逐でも構いませんが」


「あ、あんまり意味が変わってないような気がするけど」


 どうやら『不届き者』とやらにかなりの恨みがあるらしい。

 聞くことにして良かった、とひとまず胸を撫で下ろす。


「その二層の人たちは私も見たことがあるよ」


「……! まことですか」


「まことまこと。十人くらいでテント張ってバーベキューみたいなことして騒いでた」


 思い出すだけでげんなりしてしまう光景だ。

 いや、楽しむ分にはぜんぜんいいんだけどね……私がそういう陽の文化を前にして勝手にダメージを受けてるだけだから。


 だけど、なんとなく引っかかるものもあった。

 どうしてわざわざあんな場所でキャンプしているんだろう――という小さな疑問だ。


「彼らは、あそこを根城にしてやってくる他の探索者を食い物にしているのです。例えば集団で襲い掛かって身ぐるみを剥がしたり、湧くモンスターを独占したりと……」


「ええ、山賊……? というか相楽さんはどうしてそんなことを知ってるの?」


「……私の兄は探索者をしていまして。つい先日第二層に潜った際、彼らに襲撃を受けたそうなのです。一命は取り留めましたが今も病院で床に伏せっております」 


 そこで言葉を切った相楽さんは、巾着のひもをぎゅっと握りしめた。

 あまり表情が変わらない彼女だが、その内には相当な怒りや悲しみが秘められているのだと、出会ったばかりの私でも理解できた。


「動画配信であなたのことを知りました。以前より校内では噂のお人でしたが……あれほどの実力を持つ方ならばあるいは、とここ最近様子を窺っていたのでございます」


「ああ、あの気配ってそうだったんだ……ちょっと待って、噂?」


「その件に関してはコメントを控えさせていただきます。少なくとも悪い噂ではございませんよ」


「いや安心できない!」


「兄はとても優しく、私が泣いているときなどはいつも頭を撫でてくれて……」


「え、普通にスルーする感じ……?」


 噂って何なんだろう……。

 でも相楽さんは話す気がないみたいだ。

 ものすごく気になるけど、いったん置いておこう。

 深く考えたくないし……。


「私は兄の仇を討ちたいのです。どうかよろしくお願い申し上げます」


 そう言って立ち止まり、相楽さんは綺麗に45度のお辞儀をした。

 私はしばし考える。

 

 この『依頼』を受ける理由はあるだろうか。

 確かにあの人たちは探索者に迷惑を掛けている。

 そいつらが居座っていると他の探索者はまともに二層を歩けないし、三層以降にも行けない。


 それに、ヒマリだってせっかく一層のボスを倒したのに足止めされてしまう。

 あれだけ頑張ったのに、それはさすがにかわいそうだ。


 そして――兄妹、か。

 私にも妹がいるからわかる。

 もし妹を傷つけたやつがいるなら、私は絶対にそいつらを許さないだろう。


「うん、わかった。受けるよ」


「……まことでございますか!」


「まことまこと」


 受ける理由ならたくさんある。

 まあネックと言えば稼ぎにはならないことだけど……こればかりは仕方ないね。


「やはりわたくしの見込んだお方です。センターの方に御影様専用クエストを申請しておきますのでぜひ受注ください。報酬はこれでもかと弾ませていただきます」


「えっ、ほんとに!? やったー!!」


 ヒマリの貢ぎと違ってクエスト報酬なら大手を振って貰える!

 思わず諸手を上げた私に戸惑いつつ、相楽さんも真似して万歳をしていた。

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