12.あなたと一緒にいたいから


 今日はヒマリと第一層の最深部までやってきた。

 目的はというと、階層ボスの討伐である――ただし。


「ああああの、ほんとにソロで行けるんですかね……?」

 

「大丈夫だよ。ヒマリは私と一緒にコソ練しまくってきたし、きっと勝てる」


「ううう……ユウさんがそう言うなら頑張りますけどぉ……」


 ボス部屋の手前脇にそびえ立つ大木に身を隠し、部屋の中を窺う。

 そこでは第一層ボス……『獣王』がその強靭な四足で闊歩していた。

 獣王は赤いタテガミが特徴的な、ライオンに似た姿のモンスターだ。

 ただしそのサイズは一般的なライオンの数倍はある。


「い、いいですか? 配信開始ボタン押しますよ! いいんですねっ!」 


「そ、そこまで前のめりになられると私も緊張してきたな……」


 思わずフードを深くかぶり直し、前髪を整える。

 いや撮影用ゴーレムはヒマリを映すから私が色々足掻いたところで意味がないんだけど。

 これまで何度か配信には出たけどまだまだ慣れない。

 私が見守る中、ヒマリはスマホの画面をタップした。


「はーい、ヒマちゃんねるのヒマリンでーす! 元気か暇人どもー? 今日はですね、前々から告知してた一層ボス討伐配信になります!」


 さっきまで緊張でガクガクだったのにこの切り替えようはさすがにすごい。

 だけどやはり緊張と恐怖が残っているのがはた目から見てわかってしまう。

 爆速でスクロールするコメントの中に『声震えてて草』なんてのも見えた。言ってやるなよ……。


「え、『ユウさんにキャリーし手伝ってもらうんだろ』って……違うから! ほんとにソロだから! 絶対手助けしないでって言ってあるし!」


 そう、ヒマリには何度も念押しされてある。

 「どれだけピンチになっても助けないでほしい」と。

 自分ひとりで勝てなければ意味がないから、と。


(そうは言っても心配……) 


 でもヒマリの言う通り、私が助けて勝ったところで第二層で苦労するだけだ。

 この壁を越えられなければ意味がない。


「よ、よーし……それじゃあ行って来ます。あ、概要欄にも書いてあるけど戦闘中はコメント見れないからよろしくね」


 リスナーにそう話して私に向けて頷いたヒマリは、剣を抜いてボス部屋へと歩を進める。

 『ほんとに大丈夫なの?』というコメントに、私は無言を貫いた。

 

 確かにリスナーから見れば、ヒマリは危なくなったらすぐに逃げ出す探索者のイメージから変わっていないんだろう。

 でもあの子はここのところずっと頑張っていた。

 私の指導を受けながら色々なモンスターと戦いレベルを上げ続けた。

 

 素質はある。

 それは間違いない。

 あと必要なのは……勇気だけだ。


「グル……」


 ヒマリを視界に入れた獣王が唸り、体勢を低くする。

 びくりと身体を震わせたヒマリはぐっと生唾を吞み込み、顎を引き、鋼の剣を抜いた。


 一定の距離を取ったまま、双方はじりじりと歩く。

 やばい、こっちまで心臓がばくばくしてきた。


「ガアァッ!」


 先に動いたのは獣王だった。

 強靭な肉体が躍動し、その鋭い牙で噛みつきにかかる。

 

「……っ! やあっ!」


 ヒマリはスピードに怯むことなく身体を翻して避け、すれ違いざまに脇腹を切り裂く。

 直後、コメントが湧いた。『めっちゃ動き良くね!?』……そうでしょう、あの子は身体を動かすのが上手いんだよ。

 このあたりはモンスターから逃げ続けてきた経験が生きているのかも。


 さて獣王はと言うと――一瞬怯んだところからすぐに動き出し、鋭い爪をぎらりと閃かせて飛びかかろうとする。

 その攻撃を剣の腹で受け止めたヒマリは重心を落として耐える目論見だ。

 

(……いや、それは良くない)


 じりじりと押され始めるヒマリ。

 当然だ、筋力で勝てる相手じゃない。


 だがその考えは杞憂だったようで、ヒマリは体重移動を利用して鋭い爪からするりと逃れると、そのまま獣王を何度も切り裂いた。

 ぶしゅ、と赤い血が噴き出す。良いダメージを与えている証拠だ。


 『ヒマリンやるじゃん!』『勝てるぞ!』と応援のコメントが流れる中、ヒマリは獣王と命のやり取りを繰り返す。

 時に避け、時に受け流し、しっかりとダメージを与えていく。

 もちろん完全に対応できているわけではなく、爪や牙が何度も身体を掠めているが、致命傷には程遠い。


(このままなら勝てる、けど……)


 一層と言えども仮にもボスだ。

 そう容易く勝たせてはくれないと私が固唾を飲んでいると、獣王が全身から光を放ち、ヒマリから大きく距離を取った。


「な、なに……?」 


 階層ボスはそれぞれ特有の大技を持つ。

 あの獣王はその大技を発動しようとしているのだ。


 ヒマリには獣王の攻撃パターンを教えていない。

 彼女が固辞したからだ。

 自分で攻略しないと意味がない、と。


「グゥアアアァァァァッ!」


 獣王が猛進を始める。

 この技――『獣王の咆哮』は単純、高速突進攻撃だ。

 

「速い……けど!」


 だからヒマリは横に飛んでかわそうとした。

 しかし、それは悪手だ。


 獣王はヒマリの回避を見て突如軌道を変える。

 まるで速度を落とさず、凄まじいコーナーリングでヒマリに向かい、その鋭い爪を突き込んだ。


「うぐ……っ!?」 


 恐ろしい勢いで肩口を切り裂かれたヒマリは吹っ飛んで転がる。

 倒れた彼女からは少なくない量の血が流れ、草原を赤く染めていった。

 

「ヒマリ!!」


 思わず叫ぶ。

 まずい。直撃だ。

 まだHPは残っているだろうが、あれほどのダメージを受けてしまえばさっきまでのような動きは出来ない。


 コメントを見る。

 『もう助けてやってくれ!』という悲鳴がいくつも見えた。

 そうだ、力を試すと言っても死んでしまえばそこまで。

 私はすぐに手を貸そうと一歩踏み出し――――


「来ないでください!」


 その叫びに遮られる。

 ヒマリはふらつく足で何とか立ち上がっていた。


「ひとりで倒せないと意味ないんですってば」


 私へ振り返るヒマリは笑っていた。

 今にも逃げ出したいだろうに。


「ユウさんと……一緒にいるためには強くならなきゃ。強くならないと一緒にいちゃいけないから……」


「ヒマリ……」


 そんなことはない。

 でもそれはあくまで私の考えでしかない。

 私がヒマリに合わせても、あの子はそれを申し訳なく思ってしまうのだろう。

 なら。


「……見てるからね!」


「はいっ!」


 ヒマリが力強く頷いた直後、獣王が再び距離を取り、『獣王の咆哮』の準備に入った。

 大技連打フェーズだ。ということは向こうのHPもさほど残っていないはず。

 つまりこの大技に対処できるかが肝だ。


 あの技に対するオーソドックスな対処法は、ギリギリまで引き付けて避けること。

 だがこれにはわかっていても勇気がいる。

 どうするつもりなんだと見つめていると、ヒマリが左耳のナビを操作してストレージを開いているのが見えた。

 その手に引き出したのは、二つの魔石。


「グゥアアアァァァァッ!」


 獣王が突進を開始した。

 ヒマリは二つの魔石のうち黄色い方を正面に突き出す。


「雷の魔石!」

 

 宣言に呼応して魔石が弾け、そこから雷が放射される。

 獣王は真正面から雷撃を食らい、突進を止めるとともに状態異常『麻痺』でうずくまった。

 

「いつの間に……!」


 魔石の扱いはまだ教えていない。

 きっと自分で使い方を考え、いざという時のために温存していたのだ。

 

 ヒマリは残った赤い魔石――火の魔石を鋼の剣の刀身にこすりつけた。

 すると内包された魔力が剣に移り、激しい炎が宿る。

 エンチャントだ。魔石をそのまま使うのではなく一時的に武器へ付与する使用法。

 利便性は落ちるものの、瞬間的な火力はこちらの方が上だ。


「……すごい」


 素直に驚いた。

 魔石の扱いがあの域に達するまで、私はもっとかかったから。

 剣技だけでゴリ押ししてきた私にはできなかったことだ。

 ヒマリは炎の剣を構え、麻痺して動けない獣王へと駆け出していく。


「やああああーっ!」


 一閃。

 空中に赤い残像を残し、炎の剣が獣王の頭部を両断する。

 タテガミが燃え上がり、全身に移り――ついには黒い塵となって消滅した。


「ヒマリ!」


 慌てて駆け寄ろうとすると、ヒマリの身体がぐらりと傾ぐ。

 何とかギリギリで受け止めると、ヒマリは大きな目を見開いていた。


「か、勝てました?」


「勝てたよ! すごいよ! ほら、リスナーのみんなも喜んでるよ」


「わ、ほんとだ。えへへ……これでユウさんに少しは近づけたかなあ」


 ぐっと胸が詰まるものがあった。

 だけど私はそれ以上何か述べるのが恥ずかしくて、あとはヒマリの出血のこともあったので……。


「……お疲れ様。一緒に帰ろう」


 そんな潜めたささやきに、ヒマリは嬉しそうに笑うのだった。

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