第5話

 思ったよりも、薄情だった。

 彼のいない日常に慣れて。波立つ心にも慣れて。普通になった。


 彼は、わたしに普通をくれたのだと思う。


 心が、静かになることはなくなった。あの水面は、もうない。いつもどこか波立っていて、海みたいに寄せて返してる。


 自分の名前も。受け入れてしまったのか、何の抵抗もなくなっちゃった。もうなにも感じない。ただの名前。記名したくなくて放っておいたものも、今はもう適当に書ける。


 彼のことは。

 思い出せてしまう。今も、簡単に。普通に。思い出せる。そして、その度に、静かに泣く。なみだだけ。感情は出てこない。


 これからも。たぶん思い出す。


 ベッド。

 彼はいない。


 蹴っ飛ばしてみる。


 彼の身体がないので、脚がベッドの上で空振りするだけ。

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