第8話:スプレーのりは(ほにゃらら)に似てる?



 休日にまた、作業の続きに精を出す、雪人。


 ちょきちょき、と、ガイドラインを描いた低反発ウレタン素材にハサミを入れてゆく。


 それを見守る……スマホも見ながら、時々雪人の作業を見守る、妻のアカネ。


 低反発ウレタンのクッションの上に胡坐あぐらに座り、股間にゴミ袋を広げて、クリップで着ているスェットに止めて大きく動かないようにしつつ。


 ちょきちょき。


「いや、ホント、マメにも程がって感じがするけど……」


 スマホでネットサーフをしながら、時折夫の様子を伺う妻。


 いずれもまだ今は『仮』マーク付きの夫婦ではあるも。


 もはや時間の問題、と言うところもあり。


「んー……まぁ、ね……」


 ちょきちょき。


 左右の円錐の元になる丸い部分を、円柱形に切り出して。


 それぞれ個別ではなく、左右が繋がる様、接続部分をゆるやかな曲線で残しつつ。


「とりあえず、こんなもん、かな?」


 先ずは土台となる形状にした状態で。


「ふわっふわのダンベルみたいだね……」


「左右の円柱の向きが違ってると思う……」


「似たようなモンだよー」


 全然違うよ、とは、言いたくとも言えず、よわよわ旦那様。


「んっ……まぁ、それより今回は、こいつを」


 と、取り出したのは、先日、ホムセンデートで仕入れた『靴の中敷き』。


「左右を繋ぐ柱みたいにして、横にあてて……」


 元が靴の……足の形をしているため、上下左右で形状が異なる。


 上下左右の形を合わせるためにサインペンで切り取り線を描いて、その線の通りにこれまたハサミでカットする。


「あ、簡単に切れるんだ……」


「もともと、足のサイズにあわせて切って使うモノだからね。簡単だよ」


 ちょきちょき。


 ただ、そのハサミが。


「なんか、またハサミが増えてない……?」


「うん、切れ方が違うから、いくつか違う種類を試してみてるの。これはクラフト用って、切れ味が格段に違うんだよ」


「へぇ……」


 男の子のこだわりなのか。


 女の子になりたいが故の熱量なのか。


 アカネ的には、もはや、へぇ、しか出ない感。


 どちらかと言えば、男の子らしい、職人気質の入れ込みのように思える。


「まぁ、好きなようにすればいいけど」


 呆れつつも、否定はしない。


 目的もはっきりとしているし、何より、楽しそうな夫の姿が、見ていて楽しくもある。


 自分には出来ないだろうけど、と、思いながらも。


「この中敷きを貼り付けて、左右を繋ぐ強度を上げないと……前に作ったやつは真ん中が弱くて左右が動いてズレたりしたからね」


「貼るって、どうやって……」


「このスプレーのりで、しゅーっと」


「ふむふむ……あ、それもまたカシャカシャする?」


「あ、うん。振るね……」


「やるやるー」


 バーテンダーアカネ、三度みたび


 かしゅかしゅ。


「あ? あれ? カシャカシャ言わないよー」


「あ、それ、かき混ぜようの玉は入ってないっぽいね……」


「ぇー……」


 まぁ、でも、振れば内容物が揺すられて、混ぜ合わされる感触は、ある。


「しかも……この缶、大きすぎぃ」


 前につかった着色用のカラースプレーは、小型で、ちょうどバーテンダーが使うシェーカーと大きさは似かよっていたが。


 今回使うスプレーのりの缶は、大型なので。


「まぁ、いっか」


 かしゅっかしゅっ。


 とりあえず、それっぽく振り混ぜて。


「はい、それくらいで大丈夫だよ」


 と、夫に缶を戻して。


「これも多分、匂いが結構出るから、ベランダで吹くね」


「はいはーい」


 素材と、下に敷く紙も持ってベランダに移動して、ぷしゅーっ、と。


 吹き付けられたのりを見たアカネがぽつり。


「……これ……似てるね、すっごく……」

「何に?」

「いやぁ、まぁ、そのぉ……何でしょうねぇ、あっはっはぁ!」


 顔を真っ赤にしてテンション上がり気味のアカネ。


「?」


 アカネの意図が読めない、雪人。


 白くネバネバした液状ののり。


 白い低反発ウレタン、それに靴の中敷きも白い面なので、のり自体がちゃんと付いてるかどうかわかり辛いため、少し多めに、ぷしゅーっと。


 それを見たアカネが、さらに顔を赤くさせているが。


 そんなアカネの事は放っておいて。


「こんなもんかなぁ……よぉし、部屋に戻ってくっつけるよー」


 と、部屋へと戻り。


 下に紙を敷いた上に素材を乗せ、その上に……。


「え? そんなに??」


 雪人が素材の上に、大量の本を乗せ始めるのを見て驚く、アカネ。


「これくらい強く押しておかないとくっつかないんだって」


「いや、それ、ぺったんこになってるよ? お母さんどころか、雪人くんよりぺったんこだよ??」


「あぁ、低反発ウレタンだから、いくら押さえてもちゃんと元の状態に戻るよ。って言うか、それが低反発ウレタンの良いところなんだし」


「あ……そっか、なるほど……」


 ぺたんこになったまま、元に戻らなければ、クッションとして役に立たず。


「って言うか、美里ママに聞かれたらお仕置きされるよ?」


「あははははぁっ!?」



 あわてて部屋のドアを開けて、実母が聞き耳を立てていないか、確認するアカネ。


 のりが乾くまで、しばし。






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