第33話 オーク



 風下に移動し、茂みに身を隠しながら魔物を探す。

 とはいえ、すでにミーシャの探知魔法で魔物のだいたいの場所は分かっているし、フェイス君が案内役をしてくれているから『探す』というほどのことはないんだけどね。


 五分ほど移動したところでフェイス君が魔物を発見。私たちもゆっくりと魔物に近づいた。


 ……見上げるほどに大きな魔物。


 顔は豚に似ている。一見すると豚の頭に人間の身体を取り付けた感じ。

 ただ、その身体はガイルやギルドマスターよりも二回りほど大きく、脂肪もたっぷりであるため刃の通りは悪そうだ。


 ――オーク。


 あれが噂に聞くオークだと思う。かつて辺境伯領の騎士団長をオーク呼ばわりしたことがあるけど、謝罪しよう。やはりオークの方がイケメンだわ。ごめんねオークさん。


 武器は棍棒。というか、丸太をそのまま武器にしているような感じだ。知性のかけらも感じられないけれど、逆に圧倒的なパワーは察せられるわね。


 そんなオークの周りにいるのは五体のゴブリン。それぞれがオークの前と後ろを歩き、周囲を警戒している。


 私としては『索敵役と主力が上手く役割分担しているわねー』程度の感想だったのだけど、歴戦の冒険者であるニッツたちにとっては違ったようだ。


「バカな……」


「ゴブリンとオークが一緒に歩いているだと……?」


「……え? そんなに珍しいの?」


 愕然とするニッツとガイルに思わず問いかけてしまう。


「あぁ。オークにとってゴブリンはエサだからな」


「ゴブリンがあんなに近くにいるのに襲わないのは妙だし、ゴブリンにしても、天敵が近くにいるのに逃げ出さないのは奇妙だ」


「……共生関係にあるとか?」


「きょうせい?」


「簡単に説明すると、お互いが助け合って同じ場所に暮らす関係のことよ。ある意味冒険者パーティも共生関係かしら?」


「ふぅん、共生関係ねぇ? ゴブリンとオークが、かぁ?」


 納得し切れていない様子のニッツ。


 と、そんなやり取りをしていたのが悪かったのか、


『――ギャギャギャ!』


 周囲を警戒していたゴブリンの一体がこちらを指差した。ひそひそ話が聞こえちゃったかしら?


 これで気づかれていなければ攻撃魔法で一気に、とできたのだけど、見つかっちゃったならしょうがないわね。

 ニッツが立ち上がり、リーダーとして指示を飛ばす。


「フェイス! ゴブリンを牽制しつつ数を減らせ! ミーシャ! 支援魔法を頼む! ガイル! セナ! 突っ込むぞ!」


「つまりはいつも通りってことだな!」


「分かり易さは大切よね!」


 フェイス君が一体二体とゴブリンの数を減らしている中、まずはガイルが盾でオークの棍棒を受け止めて――


 ――あら? 吹っ飛ばされたわね? ガイル、ゴブリンなら数匹纏めて押しつぶせるくらいのパワーがあるのに。


 地面に転がったガイルにオークが追撃しようとしたので、魔力で編んだ糸を伸ばしてガイルを回収。その隙にニックが切り込んだ。


 ニックの大剣もゴブリン数匹を纏めてなぎ倒せる剛剣だ。オークにもそれなりのダメージを――おん? あまり効いてないわね? 斬れてはいるんだけど厚い脂肪に阻まれた感じだ。


 っと、見学している場合じゃないわよね。オークの背後に回り込み、足の裏の腱を狙って刀を振るう。


 ……う~ん、固いというか、分厚いというか。手応え自体はあるんだけど、ダメージにはなってなさそうというか……。


『ガァアアァアアアアッ!』


 致命傷ではないとはいえ、斬られるのは嫌なのかオークが滅多矢鱈めったやたらに棍棒を振るう。まぁそんな力任せの棍棒を喰らうような練度の人間は『暁の雷光』にはいないけど、近づくのも危ないので少し距離を取る。森の中だと回避中に足を取られるかもしれないし。


 一息ついてから私はニックたちを横目で見た。


「え? なに? オークって強くない?」


「当たり前だろ。あんなデカい魔物が弱いわけないだろうが」


「俺らはAランクだから何とかなっているが、下手なパーティなら全滅してもおかしくはない相手だ」


「……セナさん。攻撃魔法は効きそうですか?」


「う~ん、あの脂肪にどれだけ通じるかしら? 電撃ならあるいは――っと」


 魔力を集めようとすると、それを察したのかオークが私ばかりを狙ってきた。なるほどこれは強敵だ。巨体に任せた攻撃力に、分厚い脂肪による防御力。そして魔力を感知できる危機察知力、と。


 ニックたちは……襲われる私を助けようともせず円陣を組んでいる。


「セナに意識が向いている間に作戦会議だな」


「さて、どうする?」


「私も攻撃魔法が使えれば良かったんですけど……」


「ん、セナを基準に考える必要はない」


 なんかのんびり作戦会議してるんですけど!? もうちょっとこう心配とかしてくれないの!? 私だって泣くぞ!? えーん!


「お。そうだ」


 ぽんっと両手を叩くニッツ。そして私に向けて大きな声を出した。


「セナ! オークの肉は美味いぞ! 少し固いが噛めば噛むほど味が出てきてな――」


「――お肉!」


 聖なる力(肉欲)を発揮した私は、身体強化ミュスクルの要領で刀を強化。オークの首を『すぱーん』っと刎ねたのだった。我が肉欲に断てぬものなし。


 なんだか王都の親友たちが「そもそも肉欲を断てよ」と突っ込んできた気がするけれど、気のせいなので気にしない。


「……肉欲ってすげぇなぁ」


「まぁ、生きるための力だと思えば当然……か?」


「セナさんの場合、ちょっとアレと言いますか……」


「ハッキリと『欲望に弱いダメ女』と言ってあげるべき」


 フェイス君はハッキリ言いすぎだと思うなー私ー。軽い嘘は人間関係の潤滑油だと思うなー私ー。



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