第14話 ギルマス


「――はん、騎士崩れが冒険者をやれるかよ」


 背後からそんな蔑みが聞こえてきた。


 振り返ると、そこにいたのはいかにも柄が悪そうな男二人だった。片方はスキンヘッドで、もう片方は眼帯。傷だらけの肉体からして長く冒険者をしているのだろうけど……真っ昼間から酒を飲んでいる。正直、関わりたくないタイプなのに、向こうからぶつかってくるのだから避けようがない。


 というか、これは『冒険者になろうとしたら因縁を付けられる』というお決まりの展開なのでは? やだ、ちょっとドキドキしてきたわね。


「おいおい、セナの実力を舐めない方がいいぜ?」


「そうだぞ。相手の実力が分からないほど酔っているのか?」


 ニッツとガイルさんが一歩前に出る。けれど、二人組は怯まない。


「はん、威勢がいいことだな。美人の前だから張り切っているのか?」


「どうせ身体目当てなんだろ? 格好つけんなよ」


「囲い込みたいなら冒険者なんかやらせず、立派な屋敷にでも閉じ込めておけよ」


「それともあれか? 近くで見張っていないと逃げられないか不安になっちまうのか?」


「やだねぇ、Aランク冒険者パーティ・暁の雷光ともあろうものが」


「…………」


「…………」


 因縁を付けてきた男たちの発言は、ニッツとガイルの逆鱗に触れたらしい。一気に空気が悪くなる。


 よーし、やっちゃいなさいニッツとガイル! と、私が拳を握りしめていると、トコトコとミーシャが近寄ってきた。


「……あの、セナさん。二人を止めてくれませんか? 冒険者同士の喧嘩は禁止されてますので……」


 魔術師であり荒事が苦手な子他ならぬミーシャから頼まれたならしょうがないわね。さっさとボコってしまいましょう。大丈夫、仲介した結果としてボコボコにするならセーフのはずだから!


「……頼む人を間違えました」


 なぜだか頭を抱えるミーシャだった。


 よ~し、おねーさん張り切って仲介暴力するぞーっと肩を回していると――


「――冒険者同士の喧嘩は、ランクを一つ落とす。忘れたわけじゃねぇよなぁ?」


 巌のような声が響いてきた。いや声に対して『巌』という表現はおかしいかもしれないけど、巌としか言い表せない厳つい声だったのだ。


 のっそのっそと近づいてきたのは、ガイルすら越える筋肉。歩いているだけなのに圧倒的な技量を察せられる御仁。キチッと整えられた髭がオシャレさん。


「おいおいギルマス。喧嘩を売ってきたのはあっちだぜ?」


 ギルマスってことは、ギルドマスターか。つまりは辺境伯領の冒険者ギルドで一番偉い人。


「喧嘩をするなとは言わねぇが、俺たちに見えないところでやれ。規約があるからには罰さなきゃならないんだからな」


「へいへい、ギルマスに言われちゃしょうがねぇな。お前らはどうだよ?」


「……ちっ、ギルマスが出てきたなら仕方ねぇ。夜道に気をつけるんだな」


 ありがちな捨て台詞だけど、あっさり引き下がったわね。それだけギルマスが実力者で、恐れられているってことかしら?


 私はこれから冒険者になるのだし、ギルマスは上司というか、取引先のお偉いさんみたいなものになるのよね? ここは一つ挨拶でもしておきましょうか。


「ギルドマスター、ですよね? 仲介してくださり感謝の念に堪えませんわ」


 必殺! 公爵令嬢スマイル&礼儀作法! 大抵の男はこれでイチコロだ!


 ……ギルマスに効果はないようだ。


「気にするな。『雷光』に暴れられたら建物がぶっ壊れるからな」


「…………」


 どうやら私の二つ名『雷光』を知っていたらしい。いやまぁ、銀髪赤目なんて他にいるのかって話だし、知識があれば気づくのでしょうけど。


「齢十五にして都市一つ救った英雄。近衛騎士を五人抜き。かの有名な『雷光』様がギルドに所属するってなら、ここは一つ腕試しをお願いしたいんだがな?」


 ニカッと笑うギルマス。

 私と戦いたいというより、私の実力を他の冒険者に知らしめるという目的がありそう……いや、このウキウキした感じ、本当にただ『雷光』と戦いたいだけかしら?




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