仔猫
朝いつものようにさつきが起きて浴室へ行き、風呂に湯を溜めに行くと、なにやら気配がする。
「?」
なんだろうと思っていると、いつもならえさがほしくてやって来るタマが来ない。シロも来ない。なんでだろう、と思いながら、服をしまってある八畳に行った。そこには猫のためのベッドが置いてある。
「――」
さつきは目を見開いた。シロが、五匹の仔猫と共に猫ベッドで寝ていたからである。
「シロさん……」
さつきは歩み寄った。
「妊婦さんだったの?」
仔猫がにーにー鳴いている。シロがひゃあ、とかすれた鳴き声を出したので、さつきは慌ててえさの支度をした。タマもやってきた。おかしいな。タマは男の子だけど、シロさんと出会ってから子供をつくる時間なんてなかったはず。それに、シロさんがうちに来たのはたかだか五日前だし。それってもうお腹に仔猫がいたってこと? さつきは入浴しながら考えた。風呂から上がると夢だったかな、と思ってもう一度八畳に行ったが、仔猫は現実にちゃんといた。やがて英二が起きてきた。
「なんの騒ぎ?」
さつきはなにも言わずに八畳を見た。それを見て、英二は八畳に入って行って、大して驚いた様子も見せずにすぐに戻ってきた。
「どうしましょう」
「どうと言っても……」
英二は煙草に火をつけながらこたえる。
「里親募集だな」
英二はプリンターから白い紙を一枚出してくると、煙草をくわえながらさらさらと何事か書き始めた。『仔猫 もらってください』。
「これをどこに貼るんですか?」
「店の入り口」
さつきはその細い字をじっと見た。<Chatoyancy>にやってくる客が、仔猫になど興味あるだろうか。そんなさつきの心を読んだかのように、英二は興味のあるひともいるかもしれないし、と言った。仔猫五匹とタマとシロを連れて行くわけにはいかないので、猫たちは部屋に留守番となった。仔猫に興味がある客がいたらどうやって仔猫を見せるのか、そんな話をしながら店に行く。
その日一番の客は、やっぱり山崎だった。
「あの貼り紙はなんだい?」
彼はやって来るなりそう聞いた。英二は黙ってグラスを磨いている。さつきが仔猫が生まれちゃって、と話すと、
「へえ。猫を飼ってるのかい」
と感心しきりである。いつもは厨房にいるタマとシロは、店のなかに入ってくることはないため客からは知られざる存在である。
「里親がみつかるといいね」
山崎はそう言って帰っていった。その日来る客の誰もが、あれはなに? と聞いてきた。
が、仔猫が欲しい、と言ってきた客はいなかった。
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