第13話 交換条件

わたくし、金子みすゞと申します」


 そう名乗った女性は、俺よりもリンの反応を窺っていた。俺はポケットに名刺を仕舞った。リンは名刺を握り潰して床に捨てる。興味がないにしても、こんなにも繕わずに仕事をするなんて。

 リンは拳銃をみすゞに向けたまま、笑顔で話しかける。


「状況分かってんのぉ? 悠長に自己紹介してる場合?」


 リンはみすゞを脅しているが、彼女は動じることなく背筋を伸ばしている。俺はリンから拳銃を取り上げて、「殺すつもりはない」と、事情を説明した。


「この孤児院の地下に、裏組織がUSBメモリを隠している。俺たちはそれを回収したいだけだ」

「裏組織……失礼ですが、あなた方は」

「ポートマフィアだ。別に巻き込むつもりはねぇよ。回収したら用はねぇ」

「ポートマフィア……この子が拳銃を持っているのも納得ですわ」


 みすゞはリンを見つめる。憐れんだような瞳に、リンが笑顔を崩した。



「ボクをそんな目で見るなよ」



 先ほどまでの可愛らしい声が低くなる。青年らしい声色に、みすゞは少し驚いた表情を見せた。

 リンの地声を知る人はほとんどいない。マフィア内でだって、俺以外には披露していない。リンが地声を出すのは、これから死ぬ相手だけだ。聞いたとて、広めることが出来ない。

 俺はリンの肩を掴んで、「落ち着け」と宥める。彼は苛立った顔で俺の手を払った。

 みすゞは少し考えると、「いいでしょう」と許可を出した。


わたくしは此処に地下があるという事は知りませんでしたし、裏組織の品は、子供たちの目に触れる必要がありませんわ。知らないに越したことはないでしょう」

「そうか。じゃあそうさせてもらうぜ」

「ただし、交換条件があります」


 みすゞの一言に、リンは「聞くと思ってんの?」と機嫌が悪そうだ。

 だが、拳銃に臆さなかった女性が、その程度のことを気にすることはない。



「そこの少年に、仕事を手伝っていただきたいのです」



 みすゞはリンを指さしていた。リンは目を丸くしてその指を見つめている。


「ちょうど今、人手が足りないのです。職員を募集中なのですが、まだ応募がなくて困っておりました。彼が仕事を手伝ってくれるなら、助かるのですが」

「冗談じゃないよ! ボクに子守をしろって⁉」

「交換条件を呑んでいただけないのなら、孤児院への立ち入りを禁止します」


 思いのほか厳しい条件にリンは不満を態度に出す。俺は首領ボスの命令を遂行できるならいいが、リンはそうではない。リンは「絶対に嫌!」と駄々を捏ねるが、みすゞは「残念です」と淡々とした返事をする。

 マフィアを揺るがすかもしれないメモリを回収できないのは困る。かといって、リンを手伝いに出して子供が減ったとか云われても困る。

 悩んでいると、応接間の扉が開いて、六歳くらいの子供が顔を覗かせた。


「せんせぇ、優香ちゃんが転んでけがした」

「そうですか。今行きますので、少し待っていてください。今は来客中です」


 みすゞは子供を部屋から追い出す。子供が「はぁい」と云って扉を閉めようとした。リンは子供を視認した瞬間、俺から拳銃を取り返して子供に銃口を向ける。


「止めろ‼」


 俺が止める前に、リンは引き金を引いた。

 発砲音が響いて、硝煙が揺らめく。リンは「ボク、こんな事しちゃうけど」と笑顔を作った。


「本当にボクをお手伝いに指名して良かったのぉ? 子供たち、いなくなっちゃうかもよ?」

「大丈夫ですよ」


 みすゞは淡々と返す。目の前で子供が撃たれたというのに、肝が据わっているを通り越している。ここまでくれば、冷血漢と云われそうなものだ。

 ……昔の仲間にも居たな。冷血な奴。


 みすゞは扉の方を指さした。そこを見ると、キョトンとした顔の子供が立っていた。

 俺は喉から「は、」と声が漏れる。リンも「嘘じゃん」と起きたことが信じられない。


「せんせぇ、このお兄ちゃん、何かしたの?」


 子供は無傷だ。銃弾に当たった様子もなく、不思議そうに立っている。

 みすゞは息をついて、席を立った。


「何もしていません。……いつでもお待ちしております」


 みすゞは子供の後について行く。

 リンは頭をガシガシと掻いて、苛立ちを隠さない。「帰る」と云うと、俺を置いて応接間を出て行った。

 俺はため息をついてリンの背中を追いかける。


 みすゞに脅しは通じない。子供に危害を加えることも出来ない。

 リンの普段の手を封じられて、苛立つのも理解出来る。彼に脅す・殺す以外の他の方法はない。

 俺はふと院庭を見やる。修道院に似つかわしくない遊具で遊ぶ子供達の姿が、まぶしく見えた。その中で、子供の手当てをするみすゞがいた。子供を慈しむ様に微笑む彼女は、聖母のように輝いていた。


 それを見て、どうしてか「リンが嫌いな性質タイプだ」なんて感想が出てくる。俺は、院庭から目を逸らした。いつか紅葉の姐さんが云っていた。

 夢に見て手を伸ばしたくなる気持ちも、分からなくもない。だからこそ、焼かれる前に離れたかった。

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