Heartless&Breaker
家宇治 克
第1話 月下に眠る人形
昼も夜も輝く横浜。その華やかな世界の裏路地の向こう、影なる世界を牛耳るポートマフィア。
それは闇より出てて、闇よりも暗い。
悪より出てて、悪より
主な活動は、宝石の闇取引や武器・臓器の売買、もちろん自分たちが不利になりそうな状況になった時の証人の口止めや証拠の隠蔽もする。
横浜で行われる個人の同業者の排除や、敵対組織の殲滅だって、仕事のひとつだ。
夜じゃないと出来ないような怖気の走る仕事も、こなしてみせてこそ、ポートマフィアと言えるだろう。
***
満月が綺麗な夜だった。
鴉の羽のように黒い空に、星がチラホラと光るだけ。だから、月の明るさが強調されていた。
青くて、大きくて、飲み込まれてしまいそうなほど、美しい。
俺は、ぼうっと月を見上げていた。
今日みたいな夜は、ちょっと良い葡萄酒とチーズを出して、一杯呑むのに丁度いい。
仕事が終わったら、少しだけ呑もうか、なんて考えていた。
「中也さん、狙撃班の配置完了しました」
部下が俺に声を掛けた。
俺は手をヒラヒラさせて、「おう」とだけ返す。
今日の仕事は、人身売買組織の殲滅だった。些末な悪事は目を瞑ってきたが、ここ最近子供の誘拐・欧州への輸出が露骨に増えた。その影響で、欧州での商品価値が暴落し、商売にも市場にも影響が出てきた。
以前、ポートマフィアから忠告文を送ったのだが、強気に商売を続けるので、やむを得ず片付けることになった。
拠点となる廃屋を見つけ、密輸しやすい夜を狙う。
今日の夜十二時に子供の輸出作業があると情報が入り、相手に気づかれないように拠点を取り囲んだ。
俺は狙撃班に合図を送る。
狙撃種たちは一斉に銃を構えた。
「…………妙だな」
俺はドアに手をかけた時、違和感を覚えた。
子供の声も、大人の声も聞こえないのだ。
大人はともかく、怯えている子供の声が、微かにも聞こえないのはおかしい。それに、人の気配がしない。
俺は指先に集中する。
局所的に集まった重力が、金属のドアを容易く弾き飛ばす。派手な音を立てて、ドアが床を滑っていった。
俺を先頭に、マフィアが拠点に乗り込んだ。しかし、どうしてか人が誰も出てこない。
襲撃を受けたというのに、騒ぎになる様子もなかった。
一度も掃除もしてないような埃っぽい廊下が、奥までずっと続いているだけ。途中の部屋にも、誰かがいた形跡はあれど、誰もいない。
「襲撃の情報が漏れたのでしょうか?」
部下が不安そうに尋ねるが、それはないだろう。ポートマフィアなら、逃げる途中で見つけ出せる。それを見つけた時点で、報復に遭っているだろう。
俺は一番奥の部屋にたどり着いた。
どの部屋よりも頑丈に造られたドアは、商品を閉じ込めておくための部屋だと主張している。この先に子供がいるのか、と思うと、かつて『羊』の群れを率いていた頃を思い出して、胸が痛む。
子供が無事なら、どうにかして助けてやりたいが、この状況では、それも期待できない。
俺は拠点のドアをはじき飛ばしたように、このドアも破壊した。
堅牢なドアが容易く捻じ切れて床に落ちると、俺は目を見開いた。
天窓の外、満月の明かりが床に大きな窓の影を描く。月光の
白い肌はおそらく陶器製だ。髪の毛やまつ毛はツヤがあり、本物と見間違うような精巧さがある。服は粗雑な作りだが、
人形も、美術品同様に高値で取引される。一体で百万なんてザラにある。きっと子供の誘拐ついでに、
他の人形は汚れていて、特に値がつく品はないが、あの人形だけは一千万以上の価値がある。
────血で濡れていなければ。
多少の汚れならば、価値に変動は無い。しかし、血痕はかなり価値を下げる。
その人形には頭の上からつま先まで、ベッタリと血が付着していた。拭っても、完全に拭き取れはしないだろう程に。
俺は「もったいねぇ」と呟いた。
ここにいた組織の連中は、きっと人形取引を始める前に、別の組織に潰されたのだ。
だから今もぬけの殻なのだ。
勝手に潰しあってくれたなら、それはそれで
「お前ら、帰っていいぞ。仕事が無くなった。ここの奴らは俺らが来る前に潰れた」
部下にそう通達して、俺も帰ろうとした。
「……………………うぅん」
子供の声がして、俺は振り返った。
生き残った子供がいたのか? そう思ってたのに、目の前の光景に目を疑った。
「……ふぁ~あ。……あれ? おにーさん、だぁれ?」
人形が動き出した。
ありえない。人形が動くなんて。
いいや、異能が存在するのだ。これも異能のひとつと思えば……本当に異能か?
血でべっとりと汚れた人形は、真っ黒な瞳で俺を見つめていた。
ムカつく青鯖野郎とはまた違った、呑み込まれそうな瞳に、俺は声も出なかった。
「お前、怪我は無いのか?」
ようやく口が開いたと思えば、聞こうと思っていたのとは違う言葉が飛び出す。
人形は、
薄らと笑うと、「どこも痛くないよ」と人形の山をおりた。男とも、女とも分からない声が、鈴のように発せられる。
「これは、汚いおじさん達の血だもん」
そう告げた人形の笑顔は、作り物の笑顔だった。人を殺したことを、何とも思っていない。心がなければ当然か。
俺は軽くため息をついて、人形に問いかけた。
「その連中は、どこに行った?」
「うふふ、それはねぇ」
人形は笑っていた。面白い話をする前みたいに、口を手で隠して。目を開けた時、殺意のような、悪いのような、どす黒い何かが人形の中に見えた。
「僕の異能空間の中だよっ」
俺はまた驚いた。
目の前にいるのは、てっきり人形だと思っていたのに。
人形のような人間だったのだ。
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