untitled

@rabbit090

第1話

 まじでさあ、失敗しちゃったなあ、という意識はあったんだ。

 でも、誰も言ってくれないから、気付かなかった。

 気付けなかった。人のせいにするなんて不格好で嫌だけど、でも事実はそうなんだ。

 「ごめんね。ごめん、ホント。」

 だから、私はニヒルを装った。

 でも、彼女は分かっていたらしい。

 だから、私を、私を守ってくれたの?

 

 「かえで。」

 「うん。」

 「あのさあ、この後買い物行かない?ちょっと行きたいところあって、いい?」

 「いいよ、予定空いてる。」

 「予定なんて、ないでしょ?いつもあたしと遊んでばかり、そうじゃない。」

 「何よ、じゃあ行かないわよ。」

 「ああ、ごめんごめん。」

 香世かよはそう言って、私の方を見た。

 私は少しもどかしくて、その視線から、逃れた。

 香世とは、いつも一緒だった。

 特に疑うこともなかった。

 幼稚園の頃から一緒で、他の子と遊ぶよりも圧倒的に、楽しかった。

 ちょっと笑って、ちょっと泣いて、ちょっと意地悪し合って、でも大丈夫で。

 だからこそ一緒にいたはずなのに最近は、すごく、苦しい。

 なぜなのかは分からない、でも、もう少しで卒業して、私と香世は、別々の高校に進学する。

 「で、何買うの?」

 「ああ、ちょっとね。親に渡したいものがあって、でもあたし、街中一人で歩くの苦手なんだよね。」

 「そうだね。」

 そう、香世はいつも、人を避けるようにして、生きている。

 何が怖いのかは分からない、でも私は、そんな香世のことを、不思議に思うことはあまりなかった。

 けど、そんなに単純な問題ではなかったのだ。

 「おい、香世。」

 「………。」

 香世は黙っている。けど、香世の父親は、興奮が収まらないらしい。

 香世のことを、この人はいったいなんだと思っているのだろう。

 私は頬をひっぱたかれて呆然としている、香世の手を引いて、その場を離れた。

 「ねえ、どういうこと?喧嘩したの?この前の、買い物って、プレゼントだったじゃない、なのに、何で?」

 「………。」

 香世は、しばらくすると泣き始めた。

 私は、それがまた、どこかもどかしくてたまらなかった。

 後から聞いた話だけど、香世は高校は、ずっと遠くの電車ですらいけない場所へ通うことになっていたらしい。

 誰も、知らなかった。

 香世本人だけ、そして香世のことなど心配していない大人だけが、それを、分かっていた。

 手遅れだった。

 香世は、家族と離れて暮らすらしい。

 思ったよりも深刻だったのは、香世の母はもう、子供の面倒をみられる状態ではないという事、そして、父親はそれを受け入れられない、ということ。

 そして、それから香世は、学校に来ずそのまま卒業した。


 「かえで、久しぶり。」

 「香世。」

 私達はすでに大人になっていた。

 二人とも、もうお酒も飲めるし、何より、誰かに干渉される必要のない程、大人になれていた。

 「ちょっと背ぇ高くなってない?」

 「そうだね、高校の間に、伸びたんだ。」

 前は、私よりずっと背の低かった香世は、今は私よりもずっと、大人びていて背も高い。

 私達は、誰よりも分かっていた。

 本当はずっと、香世は弱い私を、囲ってくれていた。

 けど、成長すると不思議だよね。弱かった子は当たり前のように強くなっていて、強かった方はずっと、弱くなっている。

 でも、私達は大人になれたのだ。

 そう、大人になることができた。

 だから、もう。

 「大丈夫、でしょ?」

 「うん。」

 私と香世には、絶対に否定されない空間がある。

 そこには、私と香世の主観すら差し挟めない。

 だからこそ、私達は、生き延びることができたのだ。

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