5分0秒小説『逆張り刑事』

 ビルの屋上、スーツを着た男がフェンスによじ登り、今にも飛び降りそうだ。

「待て!早まるな!」

「止めないでくれ。死ななきゃならない訳があるんです」

「分かった。取り合えずそこから降りよう。話を聞くから」

「嫌だ。降りた途端に拘束する気でしょ?」

「そんなことはしない。おい、お前たち、ここは俺一人に任せろ。行け!……見ろ!部下を下がらせた。ここにいるのは俺とあんただけだ。俺はここに座る。さ、あんたもフェンスから降りて座ってくれ、そして話をしてくれ。死ぬ理由とやらを聞かせてくれ」

「話を……聞いてくれるのですか?」

「ああ、聞く」

「死ぬことには変わりありませんよ」

「死にたいという人を、羽交い絞めにしてまで生かすのが、正しいことだとは俺は思わない。刑事失格かもしれない。だが、あんたの選択を意思を尊重する。だから教えてくれ。俺が尊重したあんたの意思ってのが何なのかを。それを知らないまま死なれてしまっては、俺はこの先一生苦しむことになる」

「そうですか……そうですよね。じゃあ降ります。座りました。話を聞いてください」

「ああ、聞かせてくれ」

「三年前、取引先の部長に勧められて株を始めました――」

「待て!もういい」

「え?」

「大体分かった」

「え?」

「株で失敗して、会社の金に手を付けて、それがばれたか、ばれそうになって、それで死ぬしかない――そんなところだろ?」

「はい、まぁ……そうなんですけど」

「じゃあ、話を続けてくれ」

「は?」

「続きをどうぞ」

「いや、もう刑事さんが言っちゃったから」

「そうか、じゃあどうする?」

「は?」

「飛び降りる?」

「えー!?」

「どうぞ」

「いや、話を聞いてくれるって言ったじゃないですか?!」

「だから、続きを話してくれって俺は言ってる」

「いや、でも刑事さんが先に言っちゃったんで……」

「じゃあ話さなくてもいい。俺はあんたの意思を尊重する。さ、どうぞ」

「その”どうぞ”やめてくれませんか?」

「ん?ひょっとして、死ぬ気が失せたのか?」

「う……いえそんな、死にますよ。飛び降ります」

「じゃあ、見てる」

「……じゃあ、有難うございました」

「待て!」

「今度は何ですか?!」

「撃つぞ!」

「はぁ???」

「もしも飛び降りるというのなら、撃つ」

「は?どういう意味ですか?」

「そのままだ。俺に撃たれたくなければ飛び降りるのを止めろ」

「いや無茶苦茶ですよ。それ殺人じゃないですか?」

「その辺はなんとでもなる。”あんたが俺に襲い掛かってきたんで自己防衛として撃った”そういう筋書きはどうだ?どうせ誰も見ていないんだ。俺の証言がすべて」

「いや、おかしい!絶対におかしいよ!刑事さん、あんた狂ってるよ」

「かもしれん。でも自分のなかでは整合性が取れている。死にたいという人を撃つんだ。なんの罪悪感もない。心配するな。撃ったあとちゃんとそこから投げ落としてやるから、な?いいだろ?」

「ちょっと待ってください!死ぬ方向で話が進んでませんか?」

「そうなるな。飛び降りようとして俺に撃たれるか、飛び降りるのを止めて、罪を償って生きるか、あんたには二つの選択肢がある」

「え?じゃあ撃たれるしかないじゃないですか!?」

「飛び降りるという選択肢を取るならな。今俺の銃はあんたを狙ってる。後は引き金を引くだけだ。どうだ?まだ死にたいか?」

「質問の意味が……でも、仕方ないです。撃たれても構いません。結果に違いはありませんから」

「分かった。血まみれでのたうち回った挙げ句に死ねない、なんてことになっても俺を恨まないでくれ。じゃあ!」

「え?ちょ、ちょっと待ってください。取り合えず話を聞いてください。私、ここに座りますから。刑事さんも銃を降ろして、話を聞いてください」

「嫌だ。そんなこと言って、俺が銃を降ろした隙に飛び降りる気なんだろ?」

「そんなことしませんよ!あんた本気で撃つ気でしょ?目が据わってるもの。そもそも痛いのが嫌で、飛び降りようと思ったのに、銃で撃たれて、のたうち回って、死ねないかもしれないとか……勘弁してください。銃を降ろしてください」

「じゃあ飛び降りるのを止めるか?」

「分かりました。飛び降りるのを止めます」

「よし!じゃあ、動くなよ。狙いがずれるから」

「え?」

「あっ?」

「あ、はい」

「え?」

「いや」

「どうして?」

「いやだって――」

「え?”俺に撃たれるのが嫌だから”ってこと?」

「まぁ、結果からすれば、そうなりますね」

「そうか……済まない。"あんたの意志を尊重する"っていいながら、結局、銃で脅すとか……なんだろう?どこで間違えたんだろう」

「いや、多分間違えてないですよ。有り難うございます。やはり死ぬのは間違ってました」

「そう言ってもらえると……”逆にこう言えば説得できるんじゃないか?”って、逆、逆で喋ってたら、途中から自分でも何を喋っているのか分からなくなってしまって……でも良かった。おかえり」

「……ただいま?」

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