6分20秒小説『Borne in monster』
「一晩が一生に感じられるほど悩みました」
部活の後輩、吉田君、放課後、校舎裏に呼び出された私。告白される?状況的にそう感じた。それにしても『一晩が一生に感じられるほど悩みました』は、かなり芝居がかった台詞だ。告白を決意するために一晩悩み抜いたってこと?
「一晩中悩みました。一生の問題、自問しました。とても重大な問題で、男なら誰しもが抱えている問題、特に先輩のような女性を目の当たりにすると、その悩みが、僕の悩みは――すいません。やっぱり言うの恥ずかしいです」
「吉田君、言ってよ。恥ずかしがらずに」
「いや……その……やっぱ、言えません」
「そう?じゃあもう帰るよ?」
「待ってください!言います。でも、笑わないでくれますか?」
「笑わない。約束するわ」
「分かりました。じゃあ勇気を出していいいます。先輩――」
(嗚呼、やっぱり告白されちゃうの?)
「僕は昨晩、『女性の体の中で一番美しいパーツは、”おっぱい”か”おしり”か』で悩んでいました」
・ ・ ・
「はぁ?」
「驚くのも無理はないですよね。こんな重大な問題、高校2年生の段階で軽々に結論を下すべきではないと――分かってはいるんですが、これは男が一生のうちのどこかで、真剣に向き合い、答えをださないといけない問題なんですおっぱい」
「は?」
「おっぱいです。僕が出した答えは。答えが出たのは明け方近く、窓の外、家やビルや山に埋もれた地平線にほのかな光が差しているのを僕は延髄で感じていました。墨を擦り筆を持つ、筆先に液化した夜のような墨のグラデーションが吸い上げられるのを眺めながら、心をそっと地平線の黎明に重ねる、手が動く、何を書いているのか――意識はそれを知る術を持たない。こうやって僕は心の深淵を顕在化させたんです。でも今はまだ、それを見る勇気は、無い。自分が何者なのか、どこから来たのか?つまり”おっぱい星”から来たのか、”おしり星”からなのか?半紙に手をかざし、文字を封印したまま、歪んだ笑みで自問します。『お前は何を怖れている?自分を知ることが怖いのか?』『ああ、怖いさ』『そうか?自分が何者なのか知らないまま一生を終えてしまうことの方が、よっぽど怖くはないか?』翳した手をずらすとそこに、”おっぱい”と力強く大書されていました。文字が絶叫していました。僕は絶句しました。『おっぱい……』正直驚きました何しろ僕は――」
「吉田君、話の途中で悪いんだけど――」
「自分自身の出自は、きっと”おしり星”にあるのだとばかり思っていましたから――実際、おっぱい星在住の友人と”おっぱいか?おしりか?”で口論になり、口論は激論となり、更にエスカレーションした果てに、お互いがお互いに文房具の切っ先を突き付け合い、命を奪いかねない状況になることもしばしば、あり。『てめぇ!おしり舐めんなよ!』と、幾度も教室で絶叫してきた僕の本籍が、まさか”おっぱい星”にあっただなんて……先輩……先輩はとてもグラマーです。おっぱいも、おしりも素晴らしいです。僕は、この2年間、先輩のおしりを追い続けてきましたでも、それも今日で終わりです。今この瞬間から僕の人生は、先輩のおっぱいと真摯に向き合う生き方にシフトします。僕の言いたいのは、それだけです」
「吉田君、あの――」
「いや、違う!違うだろ!?そんなことを伝える為に、先輩を呼び出したんじゃないだろう?言うんだ!本当の想いを先輩に――」
「聞いて!吉田君――」
「先輩!」
「はい?」
(え?やっぱ告白されるの?)
「おっぱい触らせてください」
「なにぃ?!」
「自分のルーツをこの手に収めたいんです」
「えっと、そのぉ……つまり、私と付き合いたいってこと?」
「違います!自分そんな不純な人間じゃないです。おっぱいだけ。おっぱいだけが僕の目的です。そこに関しては自分、100%純粋な気持ちを持ってます」
「純粋?」
「はい!触らせてください」
「ねぇ、そう言われて『触っていいよ』って言う女の子がいると思う?」
「思いません!自分は、そうは思いませんっ!」
「じゃあ――」
「先輩は、黙っていてください。おっぱいと直接交渉させてください!『なぁ、おっぱい!触らせてくれないか?』」
「止めて!」
「おい、おっぱい!お前は僕の気持ち、分かってくれるよな?だってお前は、”いつか誰かに揉まれる為”に、この銀河に発生した――つまり、”こちら側”の存在のはずだ!僕は、お前の気持ちが分かる!僕に『揉まれたい』そうだろう?」
「目を覚ませ!」
ばしっ
私は吉田の頬を打った。グーで。
「おっぱい……どうして……」
「目を覚ましなさい」
「先輩……」
「今のやり取り、一切忘れてあげるから、今まで通りの関係に戻りましょ?いつも通りの真面目な吉田君に戻って!お願い!」
「『真面目な吉田君』……ですか?先輩、そんなものは元々この世に存在していなかったんですよ。分かっています自分が正常でないのは、モンスターです。僕はモンスター、おっぱいモンスター、いや、”ボインモンスター”です。は、はは、はははは、笑って下さい先輩」
「いや、無理」
「おっぱいが産み出したおぞましい化け物。それが僕なんです……は、ははは、ん、んぐっ、んん、えぐっ」
「え?泣いてるの?」
「……えぐっ」
4つ下の弟がいるが、アイツも数年後には、こうなってしまうのだろうか?いや、そんなことはないと思う。でも、この年頃の男の子って、色々大変なのだろうきっと。憐れに思ってしまった私、自分でも驚く提案をしていた。
「吉田君、おしりならいいわよ。ただし腰の近くを一瞬、手の甲でならね。それでさ、すべて忘れて、さっき言ったように、明日から元通りの関係に戻りましょ?ね?どう?」
「先輩……」
思い詰めて”極端な手段”を取られても困るし、これくらいで問題が解決するのなら――。
吉田は、血の混じった唾液を吐き出し、口端を拭った後、目を閉じたまま暫し天を仰いで、こう言った。
「先輩、ここでおしりを触ってしまったら、自分が自分でなくなってしまいます。僕は、前に進みます」
悲しそうな笑顔の残像、振り返りもせず立ち去る吉田。
その後ろ姿に、ぎゅっと熱くなる私の胸。人生で初めて、人をグーで殴った拳。
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