5~10分程度で読める短編小説集

或虎

5分30秒小説『開けるな!』

「何読でるんすか?」

「ああ、それに貼ってあったんだよ。ビニール袋に入れられて」

「保証書かですか?」

「違う。手紙みたいだ」

「へー、じゃあ俺休憩行ってきます」

「おー、じゃあ休憩終わったら、これ運ぶぞ」


 家電墓場と呼んでいる――地元の人間は。他県で家電量販店をしている人が、地主だという噂は聞いたことがある。が、真相は分からない。

 俺はただ、目の前に山積みになった家電や家具を、一つずつトラックに積み込み、運ぶだけだ。どういういきさつで、急に撤去することになったのか知らない。知る必要もない。俺はここが地元でもないしそれほど興味はない。ただ腰を痛めなければいいなと思っている。

 手紙を読む。


********************


   この手紙を読んでいる人へ


 この手紙を読んでいるということは、そこにあるんですよね?それを前提にお話しします。脚色はしません。事実だけをかいつまんでお話します。


 僕は、この近辺に住んでいたものです。今でも住んでいますが、癌に掛かってしまい、余命は1年もありません。貴方がこの手紙を読んでいる頃には多分、もう死んでいると思います。

 先ほどかいつまんでと書きましたが、少し長くなるかもしれません。事の発端は、僕が小学生だった頃になります。この手紙を書いている”今”よりも、20年ほど前です。


 近所に、みっちゃんと呼ばれるの年下の女の子がいました。黒髪のおかっぱ頭で、異様に澄んだ目をしてる子でした。

 みっちゃんは知的障碍者で、言葉が上手に喋れませんでした。そのせいもあって近所の子は、あまりみっちゃんと遊びませんでした。僕もそうでした。

 雨上がり土曜日午後、僕は修理に預けていた自転車を取りに一人で行きました。友達と合流する約束でしたが、皆で自転車に乗って遠出すると言っていたので、一人長時間自転車漕いで追い掛けるのも馬鹿らしいと思い、手ごろな遊び相手が居ないか探していました。みっちゃんがいました。


 みっちゃんは、ピンクと白のチェックの雨合羽を着て、黄色い長靴を振り上げていました。そして思いっきり水たまりを踏みつぶして、けらけら笑っています。「何をしているの?」僕が尋ねると。「雲踏んでる」と返ってきました。どうやら水たまりに映った雲を踏みつけて遊んでいるようです。

「なんかして遊ばない?」

「いいよ。何踏む?」

「踏まない遊びにしよう」

「じゃあかくれんぼがいい」

「わかった。じゃあ自転車の後ろに乗って」


 みっちゃんを自転車に乗せ、田んぼを抜けて、僕が向かったのは山の麓にある広い敷地、そこには黄色と黒のロープが張られていますが、皆それを潜って中に入っていました。大人からは”入ってはいけない!”ときつく言われていましたが、二人でロープを潜りました。

 そこには、テレビとかオーブンレンジとか、棄てられた家電製品が沢山ありました。ソファーとか、タンスとかもあって、隠れる場所には事欠きません。


「じゃあ最初は僕が隠れるね。30数えれる?」

「出来ない」

「じゃあ、時間が経ったら僕を見つけに来て」

「うん」

 僕は隠れる場所を探しにダッシュしました。みっちゃんが後を付いてきます。

「駄目だよ!そこから動いちゃ。僕が隠れるから」

「どうして?」

「そういう遊びなんだ」

「分かんない」

 みっちゃんは理解できないことがあると、すぐに泣きだします。目がうるうるしだしたので。

「ごめん。じゃあみっちゃんが先に隠れて。僕が探すから」

「隠れるの?」

「そう」

「どこに?」

「自分で考えるんだよ」

「分かんない」

「……何かの扉の中に入ってじっとしているんだよ。僕が見つけるまで」

「見つけてくれるの?」

「そうだよ」

「私のこと、誰も見つけられないのに?」

 今思えば、少し意味深な言葉でした。

「絶対に見つける」

「約束してくれる」

「ああ」

 みっちゃんが笑いました。異様に澄んだ目が、いっそう輝いて見えました。雨上がりで大気が澄んでいたせいかもしれません。

「じゃあ、30数えたら探しに行くから」

「じゃあね。ばいばい」


「……29……30」

 僕は走りました。敷地は意外に広いし、隠れる場所も多いので本気で探さないと――必死で探しました。でも見つかりませんでした。僕は観念して、みっちゃんを呼び続けました。いつまでも、いつまでも、日が暮れて、家に帰って、大人たちが騒ぎ出して、僕は布団を被って震えていました。母親から、「みっちゃん知らない?家に帰ってないらしいの」と聞かれ僕は「知らない」と答えました。


 これが20前にあった出来事です。これから今のことを書きます。


 そこにあるんですよね?冷蔵庫が。僕が見つけたのと同じ冷蔵庫が。僕にはそれを開ける勇気はありませんでした。でも扉の隙間から飛び出ているビニールの切れ端が、ピンクと白のチェックに見えたので、こうして手紙を書いています。

 今からその冷蔵庫を開けるのであれば、そっと開けてください。みっちゃんは驚かされると失禁してしまう子なので、僕らはよく揶揄って驚かせ、みっちゃんを失禁させてそれを笑って、大人たちに怒られていました。貴方もそうならないようにしてください。

 僕の代わりに、「ごめんね」と伝えて頂けると幸いです。


 ところで、僕がこんな歳で死ぬことになったのも、彼女との出来事に関係があるのでしょうか?もし彼女に聞けるのなら、聞いてみてください。


********************


「休憩終わりました。じゃあやりますか」

「待て!」

「ん?なんか挟まってるな。うわっ、中身入ってる系?」

「止めろー!開けるな!」



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