9分10秒小説『ごんと小夜』
「もうすぐあの子に会える」鼓動が早くなる。4本の脚で駆ける。そろそろ獣道から人道へ入る。ドロン。立ち上がり2本脚になる。オレ、狸。名前はごん。今、人間の女の子に会いに行くとこ――え?どんな子かって?ふふ。
あの子と出会った時の話だ。
オレは河原で倒れてた。ぼんやりして何も考えられない。だけど「このままじゃ死ぬ」ってのは、はっきり分かってた。
ざく ざく
小石を踏む音、近づいてくる。跳ね起きて逃げたいけど、薄目を開けて見るのが精いっぱい。おかっぱで色白の女の子がいた。すぐそばまで来て、じーと俺を覗き込んで「だいじょうぶ?タヌキさん」鳥みたいな声だった。
俺は黙っていたがお腹がグーって返事した。「あははは。タヌキさんお腹が空いてるんだね」女の子は懐から芋を取り出して。「オヤツの残りだけど甘くて美味しいよ」ってオレの口元に差し出した。
人間は嫌いだ。施しなんて受けたくない。でも死にたくない。芋にかぶりついた。甘すぎた、口の中が痛いくらい。ほくほくしていて呑み込めない。「水飲みなよ」竹筒を俺の口にくっつけた。冷たい水が入って来る。ゴクリ。芋と水が混ざって喉を通って行った。ちょっと元気が戻ってきた。
「山にお帰り。お父に見つかる前に」少し悲しそうな顔になった。「あたしのお父は猟師だから」猟師?俺は飛び起きて走った。鉄砲で撃たれるのはごめんだ。
「ばいばーい」女の子の声が遠くに聞こえた。
それから毎日考えた――人間の子は、俺を見つけると石を投げたり棒でぶったりする。そしてこう言う「化け狸めっ!」――人間は恐い。
何度も何度もひどい目に遭わされた。右脚の傷は石をぶつけられたときに出来た。傷はふさがったけど毛は生えてこない。歩くと少し痛い。たぶんこの先ずっとだ。
人間は皆オレが嫌いなんだ――脚がズキンと痛む度、たくさんの笑顔が浮かんできて、オレの体は震えだす。でも、優しい子もいるのかも――芋を食べさせてをくれた。水を飲ませてくれた。狸より優しいかもしれない。あの子のことを考えると胸がもやもやしてくる。オレ、もう一度あの子に会いたい。会ってちゃんとお礼を言いたい。
でもあの子のお父は猟師だ。見つかると鉄砲で撃たれるかもしれない。
「どうしたらいいと思う?」「人間に化ければええ」大狸の山爺が言った。「オレまだ化け方を知らない」酒臭いため息「化けれぬ狸は"ただの豚"
以下じゃ!儂が化け方を教えてやろう」
それからオレ、山爺のところで毎日修行をした。修行はきつかった。オレが化けそこなうと山爺は大声で怒鳴って俺の横っ面をぶっとい尾っぽでぶった。化けてないのに化け物みたいに顔が腫れた。
「化けそこなったら打たれるだけじゃ済まんのじゃぞ!殺されるかもしれんのじゃ!」何度度もあきらめそうになった。けどあの笑顔、声、思い出すと頑張れた。何ヶ月かして――。
ドロン
葉っぱを乗せでんぐり返り。煙が消えると、俺の姿は人間の男の子に変わっている。「どうだ?山爺」「まぁまずまずじゃ」「じゃあ修行は終わりか?」山爺は目を細めて言った「ええじゃろう。もう教えることはない」 オレは飛び上がって喜んだ「これであの子に会いに行けるぞー」
喜ぶオレを見て山爺は心配そうに言った「ごんよ、もし正体がばれてしまえばこっぴどい目に会わされる。殺されるかもしれん。絶対に狸じゃと悟られんように気をつけるんじゃぞ」「分かってる」
「もうすぐあの子に会える」鼓動が早くなる。4本の脚で駆ける。そろそろ獣道から人道へ入る。ドロン。立ち上がり2本脚になる。
向こうから人間の子が来た「こんにちは」オレは挨拶してみた「こんにちは」男の子は挨拶を返して歩いてった。
やった――上手く化かせたぞ!あの子はオレを人間だと思い込んだ。
人道を歩いて行く。向こうから人間が来る度オレは「こんにちは」すると人間も「こんにちは」すごく嬉しい。
河原に着いた。向こうから誰か来る。おかっぱ頭で色白の女の子――あの子だ。やっと会えた。心臓がとくとく耳たぶがじゃかじゃか。
「こ、こんにちは」「こんにちは」「どこに行くの?」「お花を摘みに行くの」「オレも花好きだ」「へぇ、わたしと一緒だね」 女の子は微笑んだ。「オレも行っていいか?」「いいよ、一緒に行こ」
カラスが道しるべの上に止まってる――余計な事言うなよ。目くばせした。カラスはカーと鳴いて飛んでった。
歩きながらいろんな話をした。「どこから来たの?」「となりん村だ」「なんて名前なの?」「ごんって言うんだ。お前は?」「小夜って言うの」「小夜か、いい名前だ」「ありがとう。ごんもいい名前だよ」
川原に着いた。女の子は花を摘みだした。オレも真似して摘みだした。オレは聞いた。「小夜、こんなにお花を摘んでどうするんだ?」「お父に撃たれた動物達がちゃんと成仏できるように、骨塚にお花を供えてお祈りするの」「……そうか」「お腹すいたでしょ?一緒にお芋を食べようよ」
小夜は懐から芋を取り出した。この子はいっつも芋を持ってるのか?オレは笑ってしまった。「何がおかしいの?」「いんやなんでもないよ。オレ芋大好き」二人で半分こして噛り付いた。オレはちょっとだけ泣きそうになった。
「前にね。ここで狸に会ったんだ。かわいかったな」 オレは顔が赤くなった。「芋をくれて、ありがとう。ありがとう」「うふふ、変なの。ありがとうは一回でいいよ」「一回は今ん芋の分、もう一回は狸の分」「あはは。おかしい」小夜が笑った。小夜の笑顔、すぐそこにあるのに、泉に映っているみたいで、空の色と混ざって、触れないし、本当にそこにあるのかも分からない。胸が苦しい。
「小夜」
「お父」
ひげもじゃでずんぐり太って、とても大きな体。肩から鉄砲の先が出てる。腰に吊るした兎が3羽ぶらーんと首を同じに曲げてる。
「この子は誰だ?見ない子だな?」「オレはごんだ」小夜のおっとうは目を剥いた。「どっから来た?」「となりん村だ」「親は誰だ?何の仕事をしている?」「お、お前に言いたくない」
オレのお父とお母は、猟師に撃たれて死んだんだ。「なんだ!おめぇ生意気な口を利く子だな!」目をひん剥いて「おい坊主!そんな口を利いていると、こいつでどてっ腹をぶち抜くぞ!」肩の銃に手を回す。恐すぎて変化が解けそうになる。
「やめて!お父!この子は小夜の大事なお友達なの」小夜を見る時、お父の目は優しい「冗談だよ坊主。もう遅いから家に帰れ。小夜もお父と一緒に帰ろう」小夜は頷いた。
「じゃあね。ばいばい」「ばいばい」「ねぇ、明日もここでお花を摘もうよ」「え?」「だめ?」「いや、うん、分かった」「絶対だよ」
「なぁ山爺、”口の”利き方”ってなんだ?」「人間の世界では、目上の人と喋る時は話しかけを変えんといかんのじゃ。”敬語”って言うんじゃ」「”敬語”てなんだ?」「どう説明したらいいのかのぉ、例えば尻に「です」とか「ます」を付けたり頭に「お」を付けたり、複雑なんじゃ、簡単に覚えれるものではない」「簡単だ。頭に「お」を付ければいいんだろ?山爺、俺明日もあの子に会いに行くよ」「だめじゃ!」
森中の木が震えるほど山爺は大声を出した。「だーめじゃだめじゃ。ちゃんと礼を言ったし、花を摘むのを手伝ったんじゃろ?狸なりの義理は果たした。山を下りる必要はあるまい。お前のような未熟な狸、こんなことを続けていたらきっと正体がばれて撃ち殺されてしまう!」「でもオレ、もう一個”ありがとう”を言いたい」「駄目と言ったら駄目じゃ」
次の日。オレは黙って山を下りた。小夜と約束したんだ。二人で花を摘むって。花を摘んでそして――骨塚に花を供える。もうすぐ河原だ。茂みに隠れて、待つ。
来た!小夜、お父と一緒に歩いてくる。オレは山爺の言葉を思い出し、変化して二人に近づく。
「小夜、約束通り来たぞ」
「え?……ごん?」
「昨日の坊主か?どうも様子がおかしいと思ったらやっぱりか!」
小夜のお父が銃を構える。小夜は俺を見て驚いている。何で?オレ、ちゃんと人間の決まりを守ってるはず。どうしてだ?
ずどーん
オレは撃たれた。胸から血がいっぱい流れた。
「見ろ。小夜。こいつは狸だ。化けそこなって頭から尾が出とるわい」
オレは頭に尾を付けていた――山爺の言った通りに。だけど何か違ったようだ。
オレは最期の力で、精いっぱい醜い化け物に変化した。オレは狸じゃない、化け物だ。小夜。悲しくならなくていいぞ。
花の匂いがする。顔に暖かな何かが――小夜、泣いているのか?泣くなよ。化けるの……失敗したのかな?なぁ、小夜、オレも骨塚に埋めてくれ。そしたらお父お母とずっと一緒に居られる。
あ、忘れるところだった。小夜、オレのお父とお母へお花を供えてくれて……。
「ありがとう」
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