ホームステイの正しい和訳とは、結婚であるらしい。

新戸よいち

別れ

「ぐすっ……ひぐ……ぐす……っ」


 とある民家の前で、とある少女が目を真っ赤に腫らしながら泣いている。

 周りの大人達は困ったような顔をしていて、ガッチリと手を握られている隣の少年は、更にもっと困り果てていた。


「もうそろそろ行かないと、飛行機に間に合わなくなっちゃうってよ」

「……いやです……かえりたくないです……」


 先ほどから少年がそうやって説得を試みるも、少女の方は全く聞き入れようとはしない。

 俯きながら首を振って、ひたすらに駄々をこね続けている。


「でも、帰らないと駄目だろ。お前の家族が向こうで待ってるんだぞ?」

「……わたし、ずっとずっとにほんにいたいです……」


 ぽつりと消え入りそうな声で、少女が泣きじゃくりながら呟いた。


「そんなに日本が気に入ったんなら、また来ればいいって」

「……はなれたくないです……いっしょじゃないとやです……」


 少年の手を握る力を強めながら、少女は何度も何度も首を横に振る。


「そりゃ俺だってずっと一緒にいたいけど、それだとお前のためにならないからな」

「わたしのため……ですか……?」


 少年の放った言葉に少女は不思議そうに顔を上げて、首を傾げた。


「俺と一緒に居続けてたら、お前きっと一生このまんまだぞ?俺に頼りっぱなしでいいのかよ?そうなったら他に友達なんて出来っこないぜ?」

「べつにいいです……ほかのともだちなんていらないです……」


 また少女が首を振る。他の友達なんていらないと、何の迷いもなくそう言い切る。

 どこまでも強情な少女に、少年は小さく息を吐いた。


「駄目だよ。そしたら俺が側にいれない時に一人ぼっちになっちゃうだろ。別に誰とでも仲良くしろとは言わないけどさ……他の皆と世間話ぐらいは出来るようにならないと、そっちがこの先困ると思うぞ」


 少女の目元を隠している黄金色の前髪を空いている方の手で上にどかし、少年は真っ直ぐに少女の青い瞳を見つめながら、諭すように言葉を紡ぐ。

 

「…………なら……わたしがともだちをつくれるようになったら……ずっとずっといっしょにいてもいいですか……?」


 自分の事を心から案じてくれているのが分かる少年のその言葉に、ようやく少女は前に進む意思を見せ始め、また強く手を握り返しながら少年へとそう尋ねた。


「いいよ。そしたらもう何も心配ないし」

「わかりました……わたしがんばります……」


 少年は柔らかく微笑んで、少女の願いを聞き入れた。

 少女は少年の手を両手で包み込むように握り締める。

「……むこうでわたしがんばりますから……ともだちつくれるようになりますから……っ」

「…………?」


 何かを言おうとしている少女。

 少年は静かにその続きを待つ。


「ぐすっ……つぎにまたあえたら……およめさんに、してくれますか……?」


 少女が潤んだ瞳で少年を見つめて、勇気を振り絞りながらそう言った。いわゆる逆プロポーズというものである。

 それを聞いた少年は、少女の頭にぽんと優しく手のひらを乗せて、


「ああ、もちろん」


 と、何の躊躇いもなくアッサリと受け入れた。

 その言葉に込められた重い重い感情には気付かずに、二つ返事で。


「ぜったいぜったいに、やくそくです……っ」

「絶対絶対に、約束する」


 ぎゅうっと少女が強く抱きついて、抱きつかれた方の少年は少女の頭を撫でていく。

 しばらくその状態が続いた後、周りの大人に急かされる形で、少女は名残惜しそうに車へと乗っていった。


「気をつけて帰れよ。友達作り以外にも、とりあえずは頭とか自分で洗えるようになるんだぞ。夜中でもトイレぐらいは一人で行けるようになれ。後はまあ……色々頑張れ。俺も一緒に頑張るからさ。なっ!」


 少年は窓越しに別れの言葉をかける。グッと親指を立てて、屈託のない笑みを少女へと向けた。

 

「……はい、いっしょにがんばります……またぜったいぜったい……ここにもどってきますから……っ!」


 少女は溢れ出す涙を堪えながらも精一杯の笑顔を頑張って作り、何度も何度も頷いていた。


「じゃあなー!元気でなー!!」


 時間に余裕というものが無いので、少女を乗せた車が急いで走り出す。

 どんどんと小さくなる車は、すぐに豆粒よりもちっぽけなものに変わっていく。

 その影が見えなくなった後も少年は大きく手を振ったまま、車が消えた先の道を眺め続けていた。

 

 半年間、長いようで短かったホームステイは、この瞬間、ついに終わりを迎えたのだ。


「よし……アイツに負けないように、俺も頑張らないとな!」


 拳を力強く握り締めて、少年は固く心に誓う。

 そうと決めたらこうしてはいられない、未練がましい感情を断ち切るように振り返って、少年は家に戻る。

 少女のいなくなった家は、とても広く感じた。

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