劇団サークルと恵方巻とチョコレート

はくすや

二月といえば、まずは節分でしょ

 二月のイベントと言えば何を思い浮かべるだろう。節分の豆まきかバレンタインデーだろう。建国記念の日に近所の神社で行われる祈年祭だとか天皇誕生日を挙げる人もいるが、僕のまわりは圧倒的にバレンタインデーだった。

 しかし僕は節分の豆は大好きだ。普段でも袋入りの大豆なら一袋全部食べられる。

 豆腐も好きで僕の家の冷蔵庫にはいつでも食べられるように絹ごし豆腐の三パックセットが入っている。

 そして節分と言えば恵方巻。

 その日僕は大学生協で予約していた八百円の特製恵方巻を買い込み、部室に行った。

 明和めいわ学院大学には劇団サークルがいくつもある。僕が所属しているのは「高雅堂こうがどう」といってちょっとシュールでファンタジーな演劇を得意としている劇団だ。

 僕は縁あってここにいるがもっぱら裏方だ。演目に出してもらったこともあるが演技力がないために今はサポートにまわっている。

 その時、サークル部室には二人しかいなかった。

 団長の香杜こうもりみやびさんと美留樹みるきかざりさんだ。この二人はいつも何らかの衣裳を身につけている。ほとんど私服を見たことがない。

 みやびさんは定番の魔法使いのおばあさん。かざりさんは秋葉原にいそうなミニスカメイド姿だった。

「ミケじゃん、おはよー」昼でもかざりさんはおはよーと挨拶する。

「お疲れさまです」僕は近くの椅子に腰を下ろした。

 ここでは僕はミケと呼ばれている。芸名が御厨みくりやミケなのだ。本名はすでに忘れ去られていた。それはみやびさんやかざりさんも同じだ。サークル内では芸名か愛称で呼ぶのが定着している。

「アホー巻き、おいしそ。一口ちょうだいよ」

 ふざけて言っているのでないことは劇団員ならわかる。かざりさんはそういう人なのだ。

「お前さん、それをくわえるのかい? エロだねえ」魔法使いの婆さんが言った。ファンタジーの魔法使いではなくスケベじじいだ。

「いいじゃん」

 強引なかざりさんは僕が海苔を巻きつけるとそれにがぶりとかぶりついた。

 一口どころか三分の一近くもっていった。

「かわいそうにのう」魔法使いのみやびさんは同情してくれた。

「良いですよ」想定内だから。

 僕たちはそこでまったりと過ごした。

「これで節分も終わりだの」いやまだ三日ですが。

「じゃあ次はバレンタインね」かざりさんが目を輝かせる。「買いに行こうよ」

「そうじゃの」

「ミケも行くでしょ?」

「今食べるんですよね?」

「今も食べる。明日も食べる。バレンタインデーでも食べる」

「また虫歯ができるの」

「ちゃんと歯を磨いて下さい」

「じゃ、女の子三人で」

 僕は男として生を受けたが今やずっと女の子の格好をしている。知らない人には絶対に男だと見破られない。

 そして学内でも常に芝居の衣裳姿の香杜こうもりみやびさんたちと一緒にいるお蔭で、僕の格好も衣裳だと思われている。

 僕たちは三人で街へくり出した。

 ただし香杜みやびさんは婆さんの姿でチョコレート売場に行くのが嫌だとか柄にもないことを言って着替えた。

 四十分くらいかかってみやびさんは男装の麗人になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る