第5話 フロアボス

 ダンジョンの壁には、魔法石が埋まっていることがあるらしい。


『キャル、ぜひ魔法石を食わせておくれ』


「あいよー」


 魔剣の切っ先を、魔法石に差し込んだ。


 魔法石が、レベッカちゃんの装飾に吸い込まれていく。


『おおお。これはすばらしい。久々に純度の高い魔力だぜ』


[魔剣【レベッカ】のレベルが、三に上がりました]


 レベッカちゃんが、また強化されたらしい。


 もらえたスキルは、【火球】と。文字通り、ファイアーボールだよね。剣の先から、炎が出るのだろう。飛び道具としては、オーソドックスだね。


『いいねえ。ここは採掘場だったのかねえ?』


「かもしれないね」


 魔剣が、保管されていたくらいだもん。ここで鉱石を採掘して、剣の材料にしていた可能性は高い。


 実験として、襲いかかってきたホーンラビットを火球で焼いてみる。

 おお、剣で鉄板焼きにしなくても、中までこんがり焼けました。

 さっき食べたばかりだけど、おやつとしていただきます。ごちそうさま。


「切れ味の方も、試したい」


『おあつらえ向きの敵が来たよ』


 現れたのは、スケルトンだ。手に棍棒や盾を持っている。盾がわずかに焼け焦げているのが、気になるなあ。


「うりゃ」と倒すと、レベルが【七】に上がった。


『スケルトンの数が、増えてきたね』


「なんか、骨も焦げ焦げな感じだったよ」


『嫌な予感がするよ。気をつけるんだ』


「うん。よし」


 また別のフロアにて、鉱石を発見した。


『他にも、レアな鉱石が見つかった。これは……おお、いいね』


 レベッカちゃんは、うれしそうに叫ぶ。


 わたしとしても、レベッカちゃんを立派な魔剣に育って、母心が湧きそ――おおっ!?


「わーっ!」


 突然、火球が飛んできた。


 わたしはとっさに、回避する。


 人間が撃ってきたものではない。遥かに大きなファイアボールだ。


『フロアボスだ!』


 どうやら、このダンジョンのボス領域に入ってしまったらしい。


 ボスは、口から炎の息を吐きながら現れた。全長五メートルほどの、巨大なトカゲである。四足歩行の足が地面を踏みしめるたびに、床にヒビが入った。


『ファイア・リザートだと!?』


 やばいって。詰んだよこれは。炎属性の剣に、炎なんて。


 リザードは、スケルトンの身体を踏み潰している。


 まさか、スケルトンの身体が焦げていた原因は。


『コイツのせいで、冒険者はやられていたみたいだね! 死んだ冒険者が、スケルトン化していたみたいだよ!』


 やっぱりーっ!


「ファイアボール!」


 試しに、ファイアーボールでけん制してみる。


 だが、やはり火球は炎をまとう皮膚にかき消された。


「だったら!」


 レベッカちゃん譲りの身体能力で、斬りかかる。


 それでも、刀身が硬い皮膚に弾かれてしまった。炎属性同士のため、ダメージも通らない。


「だったら!」


 跳躍して、回転の力を利用して。


「からの!」


 斬撃を見舞った。


 しかし、傷ひとつつけられない。


『くるぞっ、キャル!』


 尻尾による反撃が、襲いかかってきた。


 かろうじて、攻撃を受け止める。ノーダメージで受け切ることができた。しかし、大きくふっとばされる。ゴロゴロゴロ、っとわざと後ろ周りのまま後退した。


 リザードが、息を大きく吸い込んだ。火炎のブレスを放出する。


「おおおおお!」


 熱線に追いかけられながら、扇状に逃げる。


「ダメだ、レベッカちゃん! ビクともしないよ!」


『キャル! あっちに【セーフゾーン】がある! 退避するんだよ!』


 レベッカちゃんが、赤い光線を放つ。


 その先には、結界が張られた空間が。


 わたしは一目散で、セーフゾーンに駆け込む。滑り込みセーフ。


 ダンジョンのボス部屋には、こういったセーフゾーンという場所がある。一旦退却し、態勢を立て直すための場所だ。


 ボスの間には必ず、セーフゾーンが存在する。

 善良な高位存在……いわゆる神様が、お情けで設立したのではない。

 セーフゾーンがあるダンジョンに、その無尽蔵の魔力を求めてフロアボスが誕生するのだという。めんどくせえ。


「どうしよう。レベッカちゃん」


 レベッカちゃん譲りの剣術をもってしても、あの魔物は倒せない。属性が違いすぎる。


 なんとかできないか、レベッカちゃんの性能をもう一度チェックした。


【レアリティ:E、カテゴリ:C、クラス:A:六四七二】か。


 装備品のレアリティは、SからEまである。この自称レプリカ・レーヴァテインの最低ランクの【E】だ。


 品質は【Calc】、つまり石ころ並である。


 クラス、いうなれば『用途』は、【Academic】とあった。アカデミックってことは、訓練とか学問用途ってわけね。


 番号はたしか、六四七二番目に作られたっていう型番だったっけ。


「学問ってことは、このレプリカってのは、なにかの実験用品だったって意味じゃないかな?」


 例えば強化とか、錬成とか……錬成!


『そうだよ。錬成だっ!』


 レベッカちゃんが、わたしに問いかける。


「どうしたん、レベッカちゃん?」


『アタシ様を錬成すれば、アイツに対抗できるんじゃないか?』


「作り直したところで、わたしはポンコツだよ」


『違わない! あんたは聖剣を修繕したんだ! そんなこと、並の錬金術師にできるわけ、ないじゃんか!』


 レベッカちゃんが、わたしに言い返す。


「だよね。レベッカちゃんは、わたしをここまで連れてきてくれた」


 そんな魔剣が、ウソをつくわけない。


「もし本当にダメだったら、わたしの力が足りなかっただけだよね。やってみる価値はある!」


『キャル。お前さんって、本当になにも疑わないんだな? もし魔剣としてガチで覚醒しちまったら、あんたの魂を食っちまうかも知れないのに』


「構わない。ここまできたら、一蓮托生ってだけだよ」


 レベッカちゃんに精神を侵食されるか、リザードの胃袋に転居するか、ってだけ。


 こんなところで、終わりたくない。情けない人生だったなんて、思いたくないんだ。


 だったら、レベッカちゃんの言葉に賭ける。


「いいの? 錬成に失敗するかも知れないのに」


『うまくいくさ。だってアタシ様は、そのための【学術用品アカデミック】かもしれないだろ?』


 レベッカちゃんは、自ら進んで実験体になってくれると約束してくれた。


『方法は、ある』


 インベントリで確認する。


『さっき調べたら、これはレアの魔法石【紅蓮結晶】だった。あのリザードは、この魔法石を飲み込んだせいで、炎の力を得たらしい』


「ふむふむ……錬成素材としては、最適じゃん」


 この紅蓮結晶だが、錬成以外に別の用途がある。わたし自身が取り込めばいい。


 炎の加護がなくても、剣自体の強度が増して、わたしの身体能力も上がる。あのリザードだって、軽く倒せるようになるだろう。

 しかし、威力が強すぎる。モンスターの体組織ごと破壊するため、リザードからのドロップが減ってしまう。


『大雑把に、相手を倒すならこれだ』 


「調整が、難しいんだね」


『アタシ様が、制御したほうがいいね』


 レベッカちゃんの、いうとおりだ。これは、錬成に使おう。


「あ、そうだ。この魔法石をもらったんだった」


 わたしはアイテムボックスから、黒い石を取り出した。小さくて、黒壇のように艶がある。


『なんだい、それは……まさか! よく見せてくれ!』


「いいよ。【原始の炎:極小】だって」


『本物の、原始の炎か!?』


 レベッカちゃんの声が、うわずった。そこまで貴重なアイテムなんだ。


「そうだよ。すごいスキルが付与されるんだってさ。教頭先生からもらったんだ」


 魔剣を修復したお礼に、教頭先生がわたしにプレゼントしてくれた。「いつか、自分の相棒になるほどの魔剣に出会った時、これを使いなさい」と。


『間違いない。正真正銘、原始の炎だ』


「知ってるの、レベッカちゃん?」


『ああ。とんでもないスキルが手に入るよ』


 これなら、あのリザードを倒しても、アイテムが手に入れられるそうだ。


『さすが、魔法学校だね。ヤバいアイテムを所持してやがる』


「なんだろう、原始の炎の持つスキルって?」


 抽象的すぎて、わからん。さっぱりプーである。




『属性貫通だ』

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