第4話 折れた聖剣を修理した、平民の少女

『はいい!? 聖剣だぞ! 直せるもんなのかよ!?』


「形だけは、どうにか正常になったよ」


 もっとも、わたし程度の【錬成】では、「ごはん粒でくっつけた程度」の強度しか保てないだろうけど。


『それでも聖剣だぜ。恐れ知らずだな?』


「実は聖剣抜きテストの順番って、姫様の次はわたしだったんだよね」


 わたしは姫様のすぐ後ろに並んでいたから、姫の番が済んだらやらざるを得なくなったのだ。


「形式だけで『抜けませんでしたー』ってやろうと思ったんだけど、壊れちゃったじゃん。やることが、なくなっちゃってさ。せっかくだしって、元に戻したんだよ」


 その頃には、姫様はダンジョンに向かわれていなかったんだが。


 


「あの」


 わたしは手を挙げる。


 姫どころか、卒業生全員がいなくなっている。おそらく明日のダンジョン攻略に向けて、準備に取り掛かっているのだ。


 そりゃあ、そうだよね。わたしは姫の後で、一番ドベだ。いわば、オチ担当である。ましてや、わたしは平民だ。平民ごときがこんなイベントに参加できること自体、ありえないんだもん。


「君はたしか、キャラメ・Fフランベ・ルージュくんだったか?」


 校長先生は、わたしの名前をちゃんと覚えていてくれた。思い出すまでに一瞬間があったが。だけど校長って、生徒の名前をいちいち把握しているものなのかな?


「どうかしたのかね。おお、すまん。君の番だったか。ご覧のとおり、聖剣は抜けてしまった。どころか、壊れてしまってこの通り」


「あ、あの。この剣、直せます」


 わたしは思い切って、校長先生に打診してみた。


「なに? 君は、何を言ったのかわかっているのか?」


 校長先生も、目を丸くしている。


「は、はい先生。れれれ、錬成で、どうにかなると思います。わた、わたし、せせ専攻が錬金術なので」


「なにを言う? 宮廷魔術師である私でさえ、まともに復元できるかわからぬのに」


「げげ、原因は、わ、わかっています。こここ、この剣は、ままま、まだ大丈夫です。つつ繋げれば、まだけけ、剣として、きき、機能し、します」


 わたしは、どうしてこの剣が折れたのか説明をしようとした。しかし、うまく言葉が出ない。


「お嬢さん、ちょっと、失礼」


 いかにも魔女っぽいマダムが、わたしに近づく。たしか音楽魔法の先生で、教頭だったはず。

 それにしても、誰かに似ているんだよな。

 クレア姫様だ。あの方をめっちゃ大人にして、雰囲気をギャルっぽくしたような感じで。


「ちゅ」


 教頭が、わたしの頬にチュッとした。


「なにをするんですか、先生!」


 わたしは、教頭先生から飛び退く。


「ワタクシが編み出した、【滑舌をよくする魔法】よ。それに、チュってしたのは、こっち」


 頭が水滴みたいな形をした二頭身の精霊が、マダムの手の平に乗っている。水滴精霊が腰に手を当てて、ドヤ顔をしていた。


「どうかしら? 話しやすくなったでしょ? 緊張が解けて」


「話してみないことには……あ」


 なんか、いつもよりドモラない。


「ありがとうございます」


「ウフフ。ワタクシ、合唱部の顧問もしているの。大舞台に上がることも多いから、こうやって生徒に応急処置をしているのよ」


 満足気に教頭が笑う。


「教頭先生、冗談が過ぎますぞ」


「オホホのホ。ごめんあそばせ。でも、面白そうじゃん。このキャラメちゃんに、賭けてみましょうよ」


 ひとまず先生一同が、壊れた聖剣を石の台に置く。


「錬成、開始」


 わたしは、魔力を注ぎ込む。


 聖剣の表面が光を帯び、他の破片とくっつき始めた。


「話しかけてもいいかな?」


「はい。校長先生」


「説明を頼む」


「はい。この剣は、ずっと魔力不足でした」


 聖剣は本来、使い手の魔力をエサとする。持ち手の魔力と一体化して、初めてその真価を発揮するのだ。


 しかし学生相手では、ロクな魔力をもらえない。


 当然だ。今まで、勇者のパワーという極上の料理を食べていたのだ。

 学生の魔力なんて、安物のおやつやジャンクフードに近い。

 お菓子ばかりを一〇〇年も食べさせられては、身体も壊すというもの。


「そこに急に上質な魔力……つまり、姫の魔力を吸ってしまったせいで、身体がビックリしちゃったんでしょうね。消化不良を起こして、壊れちゃったんです」


 わたしも身体測定前に、モヤシばっかり食べて断食に近いダイエットをしたことがある。

 既定値をクリアして、測定を乗り切った。

 直後にドカ食いしたら、お腹を壊したのである。


「たとえがだいぶアレだけど、よくわかったわ」


「ありがとうございます」


 聖剣が壊れたのも、その現象に近い。


「つまりむす……コホン。クレア嬢が魔力を急激に注ぎ込んだ時点で、聖剣の構成組織に綻びが出てしまった、と?」


「そうです。恐れ多くも申し上げますと、本当ならもっと、少しずつ魔力を注ぎ込むべきでした」


 本人の魔力が相当なものであるのは、確かだ。


 しかし、聖剣はもっとデリケートに扱うべきだった。


 そう告げたとしても、クレア姫様はなおさら不要というはず。「そんなヤワな剣に興味なし」と、聖剣を切り捨てるだろう。


「聖剣といっても、しょせんは金属です。金属って意外と、デリケートなんですよ」


 物質に魔力を注ぎ込むのは、注意が必要だ。ちょっと調節を間違えただけで、壊れてしまう。魔力伝達率が悪い金属だと、なおさらである。使い手の魔力で、溶けたりサビついたりするから。


「ましてやこれ、精霊銀ですよね? ミスリルよりちょっと上等な。だとしたら余計、丁寧に扱わないといけません。制御している装飾品が、かえって反作用を起こして暴走したりするので」


「使い手の……クレア嬢の技量に問題があったと?」


「ええ、実は――」


 わたしは、「どうして聖剣が壊れたか」を、教頭にだけ「正確に」教えた。


「――ということです」


「マジで?」


 どのみち聖剣と姫の相性は、あまりよくはない。お互いが不幸になるだけだっただろう、と。


「できました」


 聖剣は見事に、本来の輝きを取り戻す。


 わたしの背中には、じっとりと汗が滲んでいた。


「一応、形だけです。うまくいったかは、わかりません」


「ありがとう。これで威厳が保てる」


 校長の手は、震えていた。


 そんなに奇跡だろうか? 校長のレベルなら、もっときれいに仕上がると思うのだが。


 わたしは、「手が空いていたから」やってみただけに過ぎない。正式な魔法使いさんに、ちゃんと修理してもらったほうがいいよね。


「なんならキャラメ・Fフランベ・ルージュくん、君が聖剣を持っていなさい。平民とはいえ、君はすばらしい偉業を成し遂げた」


「ご冗談を」


 わたしは、この剣を泉の岩に刺し直す。


「欲がないのね。ところで、あなたの出自は?」


「田舎は、沈香ジンコウ村です」


「沈香村……魔除けのお香の元になる香木を、製造・販売している地方よね?」


 教頭からの問いかけに、わたしは「はい」とうなずいた。


「あそこの生キャラメル、子ども用に砕いたお香を混ぜているのよね? あの苦味が最高なんだよねー」


「今後もどうぞ、ごひいきに」


 たしかに生キャラメルは、我が田舎の名産なんだけど。

 大人になった今でも、あのキャラメルを食べているのか、教頭は。


「そうそう。聞き忘れるところだったわ。あなたの一族の誰かに、伽羅キャラメルの魔女こと、【ソーマタージ・オブ・カーラーグル】と呼ばれている人はいなかった? もしくは、子孫とかご先祖とか」


「さあ……そこまでは」


 わたしは、首を傾げる。


「そう。引き止めてごめんなさい」


「いえ」


「さっきかけてあげた【緊張をほぐす魔法】だけど、永続だから。もし何かの拍子で効果が切れたら、いつでもかけ直してあげるわ。卒業しても、うちにいらっしゃい」


「ありがとうございます。では」


キャラメルの魔女ソーマタージ・オブ・カーラーグル】って、勇者に同行していた魔術師じゃん。

 そんなのが、ウチの家系に?


  


 

『あんたも大概、心臓に毛が生えてるよなぁ』


「そうかな?」


『そうさ。あんたは絶対に、いい魔法剣士になれるよ』


「いやいや」


 わたしは、錬金術師になりたいんだが?


『そうだったね。アハハ。あっ、焼けたぜ。さっさと食わないと焦げる』


「おわっぷ! いただきますっ」


 ラビットは一瞬で骨だけになった。


『骨は、アタシ様におくれ』


 ゴミの処理まで、していただけるなんて。動物の骨も、魔剣にとっては立派な素材なんだろう。


「ごちそうさま、と。ん?」


 壁の隙間が、キラキラと輝いている。


「なんかさ、壁が光っているよ」


『魔法石だ!』


 レベッカちゃんの声が、跳ね上がった。

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