バラバラのギメルリングはどこにいった
第11話酔っ払いと王より下賜された剣
町には、安くてうまい飯屋がある。オシドリ夫婦が営む飯屋で、ユッカにオニギリを買わせた女将がいる飯屋である。
ユッカとアリテの行きつけで、店内で偶然にも二人が顔を合わせたことだって一回や二回ではない。今日も示し合わせた訳でもないのに、二人は同じタイミングで店にやってきていた。
「アリテ、一緒に食べてもいい?」
羊肉を香草で焼いたものと丸いパンを持ったユッカは、先に席に座っていたアリテに声をかける。店には常連客が多いが、そのなかでもアリテが一番仲が良い。そしてなにより、アリテが一人で食事を取っていたので気にかかったのだ。
アリテは鶏肉のシチューに硬いパンを食べていた。パンが硬すぎて、ゴリゴリと音が聞こえているのがユッカには少し恐ろしい。アリテの顎はどうなっているのだろうか。
「そのパンって、シチューにつけて食べるものだと思うんだけど。よく顎が壊れないよな……」
了承をもらわないうちに、ユッカはアリテの向かいに座る。アリテは、硬いパンに挑むのに忙しいようであった。
もしかしたら、このパンに挑むために一人で食事を取っているのかもしれない。このパンを食べながらでは、食事中は喋りやすくはないであろう。ようやくパンを飲み込んだアリテは、真剣な表情で語る。
「パンは、硬ければ硬いほどいいんです。丸いパンなんて顎が弱るだけですからね」
一般的に丸く焼かれたパンは柔らかく、日持ちはしないが普段の食事のときに食べられる。一方で、硬いパンは日持ちするため旅の保存食に人気だ。むろん、普段からバリバリと食べているアリテのような物好きもいる。
「それにしても、今日は騒がしいですが……。旅人と商人のどちらがやってきているのですか?」
羊の肉を口に放り込みながら、ユッカは「旅人」と答えた。
店の真ん中で、女将のサービスの酒を機嫌よく飲んでいる男がいる。彼こそが、旅人なのだろう。
アリテは「ふーん」と呟きながら、飲み物を飲んでいた。固いパンに口の水分を持っていかれるらしく、ごくごくと美味そうに飲んでいる。
「あの女将も旅人の話が好きだからな」
飯屋の女将の幼少期の夢は、旅人になることだったらしい。紆余曲折あって今は飯屋の女将に落ち着いたが、かつての夢が捨てられないようだ。旅人や商人が来るとサービスの代わりに他の地方を話を聞きたがった。
「旅人というと情報を売ったりしますが、彼はそういうタイプには見えませんね。流れの冒険者でしょうか?」
一口に旅人といっても、その人種は様々だ。歌や情報を伝え歩く者もいるし、定住しない宗教関係者を旅人と呼ぶこともある。
「正解だと思うよ。ここに来る前には、冒険者ギルドに行っていたみたいだし」
流れの冒険者のなかには、競合他者に仕事を奪われたタイプと問題を起こして元の土地にいられなくなったタイプがいる。
女将のサービスの酒に顔を真っ赤にしている男がどちらのタイプかは分からないが、トラブルは御免だ。酒の席では特にトラブルが起こりやすいので、ユッカは少しばかり警戒する。
この飯屋は冒険者にも好かれていて、常連客にはユッカの同業者が多いのだ。そして、冒険者のなかには血の気の多い人間が多い。
「なにか騒ぎが起こったりしたら嫌ですね」
アリテは、ユッカと同じ考えのようだ。
眉間に皺を寄せながら、飲み物を飲んでいる。
「新しい冒険者がきたら、俺達だって目を光らせているんだって。だから、安心してよ」
冒険者の問題は、冒険者が解決する。相手が流れてきた冒険者であっても、その不文律は変わらない。むしろ、冒険者のイメージが悪化するので、流れの冒険者に対しては厳しく目を光らせる。
荒くれ者の冒険者たちが町の一員になれているのは、彼ら自身が自分の仲間たちを強く律しているからでもあった。だから、流れの冒険者が町で暴れたりしたら、ユッカたちが一丸となって流れの冒険者を追い出すのである。
「期待していますよ。あなたのような人がいるから、私のような一般市民は安心できます」
ユッカが顔を上げれば、ほんのりと頬を染めたアリテがいた。今までユッカが水だと思っていたものは、白ワインだったらしい。
「……飲んだのは、その一杯だけだよな」
アリテは、自分が飲んでいるのが白ワインだと分かっていないらしい。ユッカの質問に対して、アリテは顔を赤くしたまま首を傾げる。子供のような仕草を見せるアリテに、ユッカは頭を抱えた。
「まったく、誰だよ。アリテの水と白ワインをすり替えたのは。すっかり酔っ払っているし!」
アリテは、酒に弱い。
とても、弱い
一杯だけで顔が赤くなり、どこか子供っぽくなってしまうのである。なのに、どことなく色っぽくもなるので一人で置いたら間違いなく誰かにお持ち帰りされてしまうだろう。そうなれば、翌日に血を見るのはアリテをお持ち帰りした相手だ。
アリテの気性からいって、復讐するのは確実だからである。
「流れの冒険者に、ジュースって言われたんですよ。でも、このジュースは酸っぱい」
ジュースが酸っぱかったら腐っているであろう。酒だから飲めるのである。子供のユッカですら分かっていることが、今のアリテには全く分かっていない。
「あー、言っていることも破茶滅茶だし。そうやってお持ち帰りされそうになって、相手を火かき棒で追い回したこともあっただろう。二ヶ月ぐらい前だっけ」
あれは、目撃者全員が青くなった事件だった。普段のアリテは、手加減しているのだと分かる光景はユッカでさえ背筋が寒くなる。あのときは、死人が出ないのが奇跡であった。
「それは、火かき棒は三年も前の話ですよ?」
火かき棒で相手を追い回したのは、二回目の犯行だったらしい。アリテが人を殺していないかとユッカは少し心配になった。酔っぱらったアリテは最終的には寝るが、それまでは凶暴なのだ。
「それに、今回はユッカ君が面倒を見てくれるのでしょう?頼りにしてますよ」
アリテは、ユッカに手を伸ばす。何故か、鼻の頭をなでられた。酔っ払いの行動は分からないとユッカは呆れる。
「俺は大人になっても酒は飲まない。こんなふうにはなりたくない……」
ユッカは、そんなふうに強く思った。
目の前のユッカの気持ちを理解してないアリテは、にこにこして上機嫌だ。この世で一番酔わせると怖い人間なのに、万人を引き付ける美貌に磨きがかかるのはズルいとユッカは思う。
「おー、まだ一杯目じゃないか」
女将に自分の冒険譚を語っていた流れの冒険者が、ユッカたちに声をかけてくる。手には酒瓶が握られていて、せっかく半分に減ったアリテの盃に中身が継ぎ足された。
「おい、止めろって!アリテは酒に弱いんだぞ。前後不確定になって……」
ユッカが止める前に、流れの冒険者がアリテの肩に触れた。酔っ払いによくある大げさなスキンシップであり、そこに他意はなかったであろう。
次の瞬間、流れの冒険者の顔にアイロンが命中した。
目を白黒させる流れの冒険者に、ユッカは天を仰いだ。今回もやってしまったという気持ちである。
「だから、前後不確定になるって言っただろ……。こうなってくると怖くて、運んだり出来ないんだからな」
自分に触れてくるものは全てセクハラ野郎とアリテは判断するのだ。これだから、アリテの酔っ払いの脳みそは非常に厄介だ。
ここまでくるとユッカまで、アリテには触れなくなる。だが、逆に言えばアリテの自身はこの段階では安全だとも言える。周囲にとっては大迷惑であるが。
「俺が言いたかったのは、どうしてアイロンが飛んでくるかだ!持ち運ぶものじゃないだろ!!」
その言葉に、ユッカは真剣な顔で答えた。
アリテがアイロンを持ち歩いていた理由など一つしかない。
「アリテは修繕師だから」
金属の柄杓に焼けた石や炭を使って服の皺を伸ばす道具は、中々の重みがある。そうでなければ服の皺は延びることはないのだ。そして、面倒な作業になるので男の一人暮らしでは疎かになる作業でもある。ユッカもやったことはない。
「修繕師だからっていうのは、アイロンを持ち歩く理由になるか!」
たしかに普通では理由にならないだろう。だが、アリテならばあり得るのだ。なお、投げられたアイロンを何処にしまっていたのかは誰も分からない。
「あ……その剣」
アリテが、流れの冒険者の腰にあった剣に目をやる。その視線に気がついた流れの冒険者が、胸を大仰にはった。
「見る目があるな。さすがは、修繕師だ。この剣は、俺が凶暴なモンスターを倒した際に王から下賜されたものなんだ」
鞘を着けたままの剣を腰から外して、流れの冒険者は天高く持ち上げる。だが、その姿はまるで様になっていない。
「あんたみたいなへっぴり腰にモンスターなんて倒せるかよ」
店の常連の冒険者が、酔っぱらい特有の野次を見せた。
「おい、馬鹿にするなよ。この剣は竜すら殺す業物なんだぞ」
ガハハッ、と誰かが豪快に笑って飯屋の夜は更けていく。
その一方で、アリテは健やかに眠っている。これを連れて帰るのは自分なのだろうなとユッカは現実逃避をするのであった。
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