第3話 殺人鬼が殺せない存在2

 ぼくは彼を知っていた。

 ぼくは彼を識っていた。

 

 それは死体だった。

 それは遺体だった。

 それは死骸だった。

 それは遺骸だった。

 それは亡骸だった。

 それは屍骸だった。

 それは糞袋だった。

 それは形骸だった。

 それは残骸だった。


 それは、死んでいた、

 彼は、死んでいた。

 政府調査員で、この任務の救出対象。

 否。

 死んでいた、の表現は正しくない。

 正しいが、詳細を欠く。

 正しいが、精細を欠く。


 彼は、殺されていた。


 肩口から腰まで達する巨大な切り傷。

 凶器がなんなのか。

 ズタズタに引き裂かれた傷口を視れば解剖医でなくともチェーンソーによるものだと瞭然だろう。


 「画像データは確認出来ましたか?」

 『ああ。しかし、惨いことをしやがる』


 惨い惨くないはどうでも良い。

 惨くない殺人など存在しない。

 ぼくには早急に。

 可及的速やかに。

 別の方向に考えなくてはならない。


 「この化膿村、無人の筈では?“他殺体が無人の村に放置されてる”ってことは誰かが村の中に居るに他なりませんよ?」

 『頭の良いクマが犯人かもしれんぞ?』

 「クマはチェーンソー使えません。そんなのが存在したら人間は淘汰されます」

 『さっきお前の報告にあったな。村の入口、つまり船着き場周辺には人間が侵入した痕跡も形跡も無い、と。それはつまり_。」


 そう。

 此処に暮らす誰かが居る。

 村に入ってみて解った。

 寂れているし文明的でも現代的でもないが。

 生活は充分に可能だ。

 雨風をしのぐ家屋はある。

 食料は漁をすれば良いし、町まで出れば買い物も出来る。絶海の孤島というわけではない。ただ陸路は山の中を突っ切る古道しかないので海路を使ったまでで。

 何より。

 靴のパターンが複数。

 古めかしいコンクリ舗装の道に残っていた。

 無論、政府調査員のものだとする可能性もあるが。

 調査員は全員が男性だ。

 ピンヒールのパターンが存在しているのは村に女性がいるを暗に示している。

 

 「応援要請を。秘密裏に動かなくちゃならない案件でも抗驚異目標がいるならワンマンアーミーは出来ません。ゲームじゃねんだから」

 『了解した。ヘリを飛ばす。さすがに対空ミサイルとかはねえだろ』

 どうだろうか。

 最近のカルトは金持ちだ。

 まだカルト宗教が相手だと決まったわけではないし、調査員がウッカリしてチェーンソーを震わせて自滅した可能性だってある。

 「ヘリはダメです。ローター音で侵入者が居ると露見する。見付かっても一人だけなら廃墟マニアとか言い訳も出来ますが、ロープ降下で人が増えたら警戒します」

 『ボートもダメか。しかし、極秘理に片付けなきゃならん案件だ。海保お得意の上陸用舟艇は出せんぞ?』

 「陸路の入口ギリギリまでヘリを飛ばし、其処から徒歩で村に。応援には医療チームと突撃チームの2班を。考えられる可能性としては日本国籍を持たない不法滞在者が暮らしているか、犯罪者が根城にしてるんで」

 『殺されたのが御偉方じゃな。それも了解した。しかしお前はどうする?応援到着まではワンマンアーミーになるぞ?』

 「引き返して合流地点で待機する、を選んでも良いんですが。この村にある足跡、どれも女性だけなんですよ。なら鉄火場になったとしても力負けはしないでしょうし、先遣隊というか斥候として動いても応援チームの迷惑にはならないかと」

 それ以外にも理由はある。

 まず一つ。

 救出対象が一人殺されている以上、他の調査員に危機が迫っていると考えられる。ならば早く現場を圧えるが定石。

 そして二つ目。

 女性しかいない村である可能性は高いが、ならばチェーンソーなどという裁断具を使える筈はない。致命傷であるのだろう切り傷が巨大だったことも小型チェーンソーを用いたとは考え難い。

 最後に三つ目。

 応援チームは公安警察から派遣される。到着すれば、“ぼくが殺す機会を失う”のだ。政府の役人を殺害したならば相手は国家に害する存在。殺すしかない。


 点々と並ぶ家屋は窓や戸口が壊れたまま。

 此処じゃない。

 生活の場は。

 そして。

 村の入口に惨殺死体を放置している。

 それは。

 ぼくに対する、警告だとも読み取れる。

 来るな、と。

 係るな、と。


 遺体を道路脇に寄せる。

 彼は日本国民。

 税金を支払い、日々を必死に生きていただけの善良な一般人。

 この乱暴と表現するにはあまりにも粗暴な警告メッセージに対して、誰にも届かない独り言が自然と漏れた。


 「嫌だね」


 

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