第2話 『殺人鬼が殺せない存在』1
港に到着したのが半刻ほど前になる。
日本の何処にでもあるような。
日本の何処にもないような。
彼方此方が寂れた漁村。
海猫より鴉の鳴き声が鼓膜を震わせる回数が多いのは、それだけ餌になるような何かが散乱している事を暗に物語り、それ以上に潮の香りに混ざり漂う死臭こそ、この漁村を廃村だと認識させるに間違いなかった。
まだ昼前だというのに曇天が重く村そのものを押し潰さんとするかのような空気は、天気だけが理由ではないだろう。
浜辺に放置されたままである魚の死骸も、道路脇に棄てられたままのゴミ類も、集る小蠅も、錆びが浮いた郵便ポストも、引き戸が斜めになったままの個人商店も、貼りっぱなしの選挙ポスターも。
旧き日本の風光明媚な漁村を演出しているとは言い難い。
『神納村への潜入は済んだようだな。まずはスタートラインだ』
インカムを通し、クライアントの声が鴉の大歓声に混じる。客を歓迎しているのか。それとも入店拒否しているのか。
それは鴉にしか解らない。
ぼくは歩いたまま、クライアントに応じる。
「カノウ村?そんな名前だったんですか?」
『地図に記載されてねえのも無理ないな。其処は昭和と平成が溶け合う時代に終わったとこだ。資料にあったろ?“村民全員が変死”なんて村はな、この現代に記録があるのすらやべえんだ』
特にこの国ではな、と。
クライアントは言った。
そう。
過去、村民全員が変死した歴史が此処にある。
事件か事故かは解らない。
ただ一晩で百人を越える人間が死んだ。
これは動かない事実で。
これは消せない事実だった。
「本当にこの村から救助ビーコンが?人間が入った形跡も痕跡も一切ありませんが」
『政府のお偉いさんは無かった事にしたくとも、何があったのかを調べないわけにはいかねえ。もしデンジャラスでリスキーでサイコでマッドなウィルスがあったとかだったら令和の時代に惨劇を繰り返す可能性があるからな。公務員ってのは可能性があるだけで動かなくちゃなんねえ商売なんだ』
「公安警察なら尚更、ですね」
『まあな。連中が調べに行って遭難するなら遭難するで良い。調査してる際に野生動物から襲われるなら襲われるで構わん。けどな、“私は村民と添い遂げます。迎えは不要。なんて音声データと救助信号が同時に来る”っつー矛盾したもんが公安に届いたなら動かねえわけにもいかねえ』
救助信号と救助不要のメッセージが同時に届いた。これだけならバイト初日に逃げ出したくなった学生に近いとも考えることは出来る。
嫌だけど、でも頑張ります。
そんな心変わりがあったと。
考えることだけは、出来る。
しかし。
クライアントである公安も。
動いているぼく自身も。
要請と辞退の同時受信はどうでも良かった。
“村民と添い遂げます”
この文言が。
どうでも良くなかった。
「村民、皆亡くなったんですよね?」
『ああ。遺体は全員分回収されて検死に回された。記録もある』
「んじゃ政府のお偉いさんは誰と結婚するんですか?」
『解らねえ。生き残りは神納村に存在しねえ。三十年以上前に滅んた村で間違いない。ま、もし生き残りが居たとして結婚式に参列者がいねえと寂しいだろ』
「んじゃ派遣するの、ぼくじゃなくて良かったのでは?寧ろ、ぼくは他人の婚姻とか祝福するに遠い立場ですよ?」
『対テロ特務機関所属の威力偵察員って肩書を簡潔にすれば、テロリストを殺す殺人鬼だもんな、お前……。』
そう。
ぼくは殺人鬼だ。
この国に仇成す者と。
この国を売る者だけを殺すような。
だからクライアントになるのは公安か更に深部の国家機関である場合が多い。
今回のように。
というか。
今回も、また。
「視えました。村は小高い丘に沿うように建造物群を視認出来ます。現着時、時計はヒトヒトサンマル。指示を」
『政府調査員の安全確保と政府調査員の身辺警護を最優先事項に。発砲許可は出てる、もし気合いの入った野生動物に出くわしたら九ミリで蜂の巣にしてやりゃいい』
MP5短機関銃のマガジンチェック。
フルメタルジャケット弾、フル装填。
弾倉を差し、動作確認。
動作良好。
無線、ステルスモードに移行。
アーマープレート、状態良し。
各治療キット不足無し。
予備弾倉数、良し。
予備弾薬数、良し。
多機能型ガスマスク、良し。
「しかし、こんな装備申請がよく通りましたね……。日本のSATと同程度ですよ?」
『化膿村』
「ん?イントネーションおかしくないですか?」
『その漁村の忌み名だよ。化膿村。見つかった村民は全身が化膿したキズだらけで発見されたってんでな。気をつけろ。その装備でも不測の事態に対処出来るかは解らん」
全身が膿だらけで発見?
そんなことは資料になかった。
そんなデンジャラスでリスキーでサイコでマッドなウィルスがあるかもしれない現場に防護服無しで抗弾アーマーだけ?
装備に不備ありだ。
そんなもん。
伝説の鎧無しで魔王の城に来たのと何が違うのか。
「あの、ぼく、帰って良いすか?」
『ダメに決まってんだろ』
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