犯罪小説チョコレート番長と青ざめた馬

鮎河蛍石

「来たる!チョコレート番長!!」

 二月十四日、聖バレンタインを祝う日。

 ××県は丘科市屯智喜町おかしなしとんちきちょうにて。

 天気は生憎の曇り、殺人的な低気圧が体の弱い人々を打擲バチボコす。

 主人公は丘科市立出鱈目高校おかしなしりつでたらめこうこうに通うある少女。


「私の名前は椎野真紀しいのまき! 今日は伊達君にチョコレートを渡すんだ!」


 この少女、思ったことを口にするへきがある。

 バトル展開、ミステリ、ギャグと様々なジャンルで重宝される癖である。しかしこの掌編ジャンルはラブコメ。この設定は少々都合が悪いかもしれない。著者は少し頭が悪いので、その辺深く考えていない。


「おうおうおうおう! 転校生! 今日はまた一段と気合が入ってるね」

「あ……伊達君……おはよう……」


 伊達漢だておとこの登場だ。

 なんとこの男児、名前が漢。

 立派な漢に育ってほしいと両親の願いから名づけられた。

 どうかしているだろ……。


「さっきまでの勢いはどうした転校生?」

 伊達は椎野のことを転校生と呼ぶ。

 出鱈目高校、通称デタ高に椎野が転入してきたのは去年の十一月。四か月経っているが椎野の名前を呼ぶことは無かった。伊達は交友が広く忙しい、だから椎野との関係値がそれほど稼げていない。


 なにより名前で呼んでくれないイケメンが、ヒロインを名前で呼ぶ描写のカタルシスってさ、いいよねって私はね思うんですよ。あなたもそう思うだろ?

 だから仕込んでるって訳。


「それはその……やんごとない事情と言いますか……」

 やんごとない事情とは、好きな男に乙女が遭遇するイベントをさす。調子が狂うのは自明の理である。

 だもんで椎名の思ったことを言ってしまう設定が、早速死んでしまった。著者は慚愧ざんぎに堪えません。


「おいおいさっきまでの元気はどうした? もしかして体調が悪いのか」

「!?」


 息を飲む緊張に襲われる椎野。なぜなら伊達が椎野のデコに自分のデコを当て検温をしたから。こいつは犯罪級のイケメン仕草。イケメン警察が緊急出動しかねないね。


「熱は無いか……おい顔が赤いぞ!? 大丈夫か転校生」

「ちょっと大丈夫じゃないですね」

「それはイケナイ」

「!?」


 あろうことか伊達は椎野をおぶった。

 椎野の心臓はとち狂った音ゲーの無茶な譜面みたいに鼓動ビートを刻む。

 昇天寸前南無阿弥陀仏あたまがどうかなっちまいそうだ


「軽いな転校生、飯はちゃんと食べているか?」

「食べてます食べてますバナナを二本ほど」

「そうか、ならもっと食べたほうが良い」

「そうします」


 緊張のあまり椎野は敬語になってしまう。かわいいね。


「ところで転校生、このでかい紙袋はなんだ?」

「これは……」


 言い淀む椎野、伊達が指摘したのは気合が入り過ぎて巨大になってしまったチョコレートが入った紙袋である。使用した板チョコはなんと二十枚。常軌を逸した物量を誇る。


「まさか……チョコか……」

「それは……その————」


 椎野の沈黙は雄弁であった。


「————来るぞ」

「……何が?」

「チョコレート番長が……来るッ!」


 刹那、轟音と共に塀が吹っ飛びチョコレート番長が少年と少女の前に現れた。


「バレンタインは好きか小僧」


 血に飢えた獣の唸り似たガサついた声が耳をざらりと撫でた。


「えッ!? 何あれ!」

「そうか転校生は知らんよな。アレはバレンタイン番長、この町で怖ろしい妖怪トップファイブに入る危険な奴だ」

 伊達の緊張が椎名には手に取るようにわかった。

 暖かく広い彼の背中が震えていたから。


「バレンタインは好きかと聞いている」


 じりじりと二人との距離を詰めるレンタイン番長。

 その距離三メートル。

 逃げねば死ぬ!

 本能的にわかる差し迫った危機。

 しかし伊達の足は恐怖に竦んで、地面に縫い付けられたように動かない。

 二メートル。

 尋常ならざる怪人の巨躯が牛歩ゆっくりと迫る。

 一メートル。


「転校生! いや椎野! !」

「えっ!?」

「キミは乗馬部、俺はケンタウロス! わかるだろ!」

「伊達君ごめん! ハイヤー!!!!!!!」


 伊達の下半身が百八十度ターンし、すかさず後ろ足がバレンタイン番長の顎を打ちぬく。


「ぐうッ————良い蹴り持ってんじゃあないか小僧」

「俺のオヤジは暴れユニコーンでな」


 伊達漢の父は暴れユニコーン、母は人間。彼は人馬の混血児ハイブリッド


「今だ! 俺を使って逃げろ椎野!」

「うん!」


 伊達のひずめがアスファルトをえぐり颯爽とバレンタイン番長から距離をとる。あっという間にバレンタイン番長の姿が点のように小さくなった。

 空は相変わらず曇天しかし、なぜだろう椎野の胸中は晴れやかだった。


「もう大丈夫か」

「うん見えなくなったね」

「奴は凄まじく強いが動きは遅い。それに今日しか現れない妖怪だ。逃げ切ってしまえば安全だろう」

「でも学校に行かないと」

 デタ高はバレンタイン番長が現れた方角にある。


「いいさ一日くらいサボっても」

「生徒会長がそういう事言っても良いの?」

「命の方が大事だろ。そうだ体調は大丈夫か椎……転校生」

「名前で呼んでくれたら良くなるかも」

 命の危機に瀕してアドレナリンが過剰に出た椎野は、キャラ設定が復活した。思たことを言っちゃうガールにな。思い切りやったれ!


「椎……野」

「なんでずっと名前で呼んでくれなかったの?」

「いやそれは……」


 伊達も椎野に惚れていた。気恥ずかしくて名前が呼べないままずるずると四か月過ぎていた。

 ありふれた真相!


「おい! そこの男女止まりなさい!」

 椎野が振り向くとパトカーが追ってくる。

「しまった……」

「どうしたの伊達君」

「人を乗せたケンタウロスは軽車両なんだ……」


 こうはならなかった。明らかに道路交通法違反である。


 不良がよ!


【完】






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犯罪小説チョコレート番長と青ざめた馬 鮎河蛍石 @aomisora

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