2~3分で読める短編小説集

或虎

2分0秒小説『君を傷付けた光』

 直接伝えるべきだと思う。でもそんな勇気は無い。だから手紙にした。僕の本当の想いを、君に知って欲しい。


 指先に小さな結晶――紅茶の湯気に着色された午後の陽を受けて、微かに暖かみを増してはいるんだろうけど、それでも毅然とした緑の色を保って――僕の指先で輝いている。


 瑪瑙の様だ……。


 腹話術師の口で思った。声には出していない。僕には不思議だった――どうしてこんな物が美しいんだろう。

 暗い地底で粗土が宝石に変わるように、洞穴のような体腔で僕の肺を通過する気が結晶となったんだ。

 微かに透明で、質量が有るような無いような――でも僕には、その美しさが億劫だった。いつまでも指先に留めておくべきではない、そう強く思った。それはもっとも祈りに近い思いだった。

 棄ててしまいたかった。行方知らずにしてしまいたかった。だから僕は、指先にバッタのような力を込めて、結晶を弾いたんだ。力いっぱい。


 まさかそれが、君を傷付けてしまうとは思わなかった。僕の出した光は、予想以上に尖っていて、鋭利で、そして汚れている。


「痛い」


 小さな悲鳴、頬を押さえ涙ぐむ君。


 まさか――。


 僕の爪弾いた鼻くそが君の頬を撃ち抜くだなんて――。


 ごめん。


 君を傷付けて。


 ごめん。


********************


「ちょっと!誰か来て!佐藤さんが過呼吸で倒れちゃったの!」


 佐藤さんの背中をさすりながら山根さんが叫んでいる。

 佐藤さん、手紙を握りしめたまま苦しそうに天を仰いでいる。


「僕のせいだ……」


 僕の思いが大きすぎて、彼女を傷付けてしまったんだ――そうだ!光を探そう!力いっぱい爪弾いた光、瑪瑙のような結晶。この世界のどこかに飛んでしまったけど、まだどこかにあるはずだ。

 それを見つければ、それを見せれば、彼女の心を少しは癒すことができるかもしれないその時に僕は、不器用に笑ってこう言うだろう――。


「ほら、見つけたよ」


 って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る