買い物

「主様、本日は約束通り研ぎ石を買っていただきますよ?」

「……覚えてやがったか」


 久しぶりの依頼の翌朝、朝食後のティータイム中に歩み寄って来たミーアトリアは無感情的な表情の中にうきうきした視線を浮かべていた。


「何の話ですか?」

「掃除手伝ってくれたら買ってやるって言ったんだよ」

「ああ、そういえばそんな約束もありましたね。よかったね、ミーアトリアちゃん!」

「そうでございますね、マシロ様」


 おお、今日のミーアトリアは機嫌がいいようだ。マシロへの対応がいつもより優しい。


 しかし、古小屋の掃除を手伝ってもらう代わりと言って約束したが、古小屋は崩れてしまったし、有耶無耶にしたいところだった。

 マシロのように忘れてしまうほどミーアトリアは頭が弱くないので、できないだろうことはなんとなく分かっていたが。


「もう行くか?」

「早ければ早いほどいいですね。デスアクスが待っています」

「あの斧そんな恐ろしい名前してたんですね……まあぴったりですけど」


 ハトリールは朝から用事があると出掛けてしまい、クォンとイゼは昨晩の内には帰ったので今屋敷には俺たち3人だけだ。


「マシロも来るか?」

「いえ、マシロ様には不在の留守をお任せしましょう」

「構わないですけど、早く帰ってきてくださいね? 暇しちゃうので」

「たまには素振りでもしておけ。あああと、剣は返しに行けよ」

「いえ、返しませんよ。私の装備も帰ってくる予定が無いので」

「少しは悪びれて見せろ」


 マシロが借り物をしている相手は多少借り物を手元に置いておいても怒るようなやつじゃないが、こいつが借りた物を返さないことは最近よく分かったので早めに変えさせるのが保護者としての務めだろう。果たせそうにはないが。


「じゃあミーアトリア、行くか」

「はい」


 ミーアトリアは無表情ながらに目を輝かせていた。


「おお……主様、このアダマンタイト鉱石製の砥石を!」

「値段を見てみろ普通に無理だわ……これなんてどうだ?」

「魔銀製ですか? 恐らくデスアクスを研ぐより先に粉々になるかと」

「どうなってたんだお前の武器」


 というか、俺はデスアクス用じゃなくて普段使いの手斧用つもりだったんだけどな。

 

 俺たちはニバール唯一の鍛冶工房へとやって来ていた。

 それというのもニバールはメリウスでも小さなの都市だ。魔物との抗争が激しいなんてことはなく、役所の戦闘職も多くはない。あまり需要がないので鍛冶師も好んでニバールで店を開くことは少ないのだ。

 そのためニバールで砥石を買おうと思ったら、武器や防具の他にそれらの整備用の道具を売っているここの工房以外に選択肢が無いのだ。


「おいおい嬢ちゃん。うちの砥石を何だと思っているんだ? 魔銀製つってもピンキリだが、うちのは最高品質だ。何なら試してみるか?」

「よろしいのですか?」

「もちろんだ」


 工房の奥から顔を出してきた親父はよっぽど自信があるのだろう。近場にあった砥石を手に取ってミーアトリアへと差し出した。



「……おいで、《死の斧デスアクス》」


 ミーアトリアは、ミーアトリア3人分ほどの大きさがある漆黒の大斧をどこからともなく手に取った。

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