和解協定

「諦めたりなんてしないわよ。あなたは、あなたたちは絶対に許さない!」


 両手をついて上半身だけを起こし、身を倒した姿勢のままでアズリアはそう叫んだ。強気なことで大変よろしいが、流石に状況が悪いことを理解していないわけではないだろう。


 あれだけやった手間、引くに引けなくなっているのか。

 俺としてもいい和解案があるわけではないし、どうしたものか。


 と、そこで背後から足音が聞こえて来た。


「シスターアズリア、ちょっといいカナ」

「な、何よ! 笑いたければ笑いなさい! だけど、私は決して屈しないわよ!?」

「いやまあ、そう言う話は一旦置いておくとしテ」


 言いながら、ハトはアズリアの前に立って右手を差し伸べた。


「……な、なんのつもりよ」

「私は別に争いたいわけじゃないヨ。もちろんシスターアズリアの怒りも痛みも、少なからず知っていル。だからもし、シスターアズリアに言い分があるのならそれは責任をもって聞くヨ」


 その間の抜けた童顔は、常にぼーっとした表情のハトリールは、それでも真っ直ぐとアズリアのことを見つめていた。


「でも、争いたくはナイ。それに、昔の争いを今になって蒸し返したら、またシスターアズリアみたいな思いをする人が出ることになル。……私の我が儘だっていうのは認めるけど、それは嫌だナ」

「な、なによ、そんな綺麗事を……だ、誰のせいで私が、私がこんなに苦しい思いを!」

「だかラ」


 ぴしゃっ、と言い放ったハトリールの言葉に、アズリアははっと驚いたようにハトリールを見上げた。


「ゴメン。教徒たちの犯したの罪は私が償うヨ。私が全部背負ウ。満足するまで監視してくれてイイ。私がどうなっても悲しんでくれるのは……ここのお人好しと生意気な後輩くらいだからネ」


 ハトリールは小さく微笑みを浮かべた。

 なんだよ、誰がお人好しだ。まあ、悲しんでやるくらいなら、やぶさかでもないが。


「何よ、そんな言い方されたら、責めたくても責められないじゃない……ごめんなさい、私こそ。ちょっと気が動転してたみたい。許してくれるのなら嬉しいわ」

「もちろんだヨ。幸い、人的被害はお互いに出てないし、落としどころは色々と選択肢が見つかると思うかラ」

「ええ」


 アズリアは怒りに染まっていた表情を少し緩め、どこか恥じらいを混ぜながら微笑んでハトリールの手を取った。

 そして少し間を開けて、小首を傾げた。


「落としどころ?」

「うん、そうだヨ? だってシスターアズリアは少なからずめいめいたちの家をぶっ壊したわけだシ」

「え……」


 絶句しながらアズリアは俺たちの背後にある残骸を眺めた。

 俺も改めて見てみたが、ちょうどその時、天井が崩れ落ちた。

 こりゃ、もう建物じゃないな。寝床にするには無理がある。精々野良猫が住み着くくらいか?


 再び、アズリアが崩れ落ちた。


「……ね、ねえ、あの、えっと」

「ハトリール・ザイア、ダヨ」

「じゃあシスターハトリール。あの、あなたの錬金術でどうにかなるの? あれ」

「どうにかできないことはないけど、当初の10倍近くの金が必要になるだろうナ」

「そ、そんな……」


 顔を青ざめ、身を震わせたアズリアは瞳涙を浮かべた。


「ま、安心してヨ。これを直してとは言わないカラ。そうだね、貸し1つ、でどうカナ?」


 ハトリールに優しく言われれば、アズリアは、 ばっ、と立ち上がって走り去った。


「絶対に借りは返すから! 首を洗って待ってなさいよぉーーーっ!!!!」

「ゆっくりでもいいゾー……ま、こんなところだナ、めいめい」

「俺は住むとこさえ見つかればいいけどな」


 区切りを付けられた俺たちは、色々と問題を残したままではあるが一先ず、どこかに逃げたミーアトリアとマシロを探すことから始めた。

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