異教徒間のいざこざ

「……知らないでしょうね。私は! 私の母は、あなたたちに殺されたのよ! 昔の私はそれがどれだけ理不尽なことかなんて理解してなかったけど、今だから言える! それはただ、信じる対象が違うからって理由で起きたすれ違い……たったそれだけだった! でも、私の両親はたったそれだけのことで殺されたのよ!」


 シスターアズリアは強く叫んだ。力を籠めて拳を握った。


「私は絶対に、お前たちを許さない!」

「まったく、付き合ってられないナ。めいめいはどう思ウ? 私の味方をしてくれる気はあるカナ?」

「っ、おのれ卑怯者! 関係ない一般人を、また巻き込むつもりなの!?」

「またってなんだヨ。それに、関係なくはなイ。めいめいは身内だからネ。……それで、どウ? 私は別にどちらでも構わないケド、はっきりさせておきたイ」


 ハトリールは片手で黒塗りの杖を遊ばせながら落ち着いた調子で聞いてくる。      

 本当にどちらでもいいのだろう。かなり適当だった。


「お前はどうして欲しいんだ?」

「もちろん、味方してくれるなら心強イ」

「じゃあ、悪いがシスターアズリア、うちの仲間を相手するなら最低でもおまけが1人、付くことになるぞ」

「っく、別に構わないわよ! 私が許さないことに変わりはないんだから!」


 シスターアズリアはそう言って懐から短剣を取り出した。

 しかしあれは、どうやらただの短剣ではないらしい。刃に金色のラインの引かれたその短剣は、実戦用と言うよりは装飾品の類に見える。しかし、この場で取り出したということはただの装飾品なわけはない。

 思い当たる節があるとすれば、修道女が使うとされる術のための触媒だろうか。


「いでよ! 聖竜の使いたる清き精霊! 我が呼びかけに応じてその身を表せ! あの異教徒たちを蹴散らして! 《水の上位精霊ウンディーネ》ッ!」


 短剣に力が集い、それはやがて色を持ち、そして形を持った。

 水色の奔流と化した力の塊は、は輪郭的には人型をしているように見えた。アズリアの言葉を信じるのなら、水の上位精霊であるウンディーネだ。

 女性体型のその精霊は、髪のように流れる水を手足のように操り、それらの先端を俺たちに向けた。

 

 あれはやばい。一般人が相手できるレベルの存在じゃない!


 俺はとっさにハトリールの体を持ち上げて大きく後退した。


 こいつ、俺が抱える確信でもあったのか避ける素振りすら見せなかったぞ……。 


 直後、俺たちがさっきまでいた場所に水の槍が飛んできた。その槍は家の壁や床にぶつかり、粉々にする。

 粉塵が周囲に飛び散った。


「やっちゃって! ウンディーネ!」

「ちょ、街中で上位精霊召喚は不味いっテ。 色々問題になりかねないヨ?」

「っていうかこの家の損傷を悪化させてんじゃねぇ!」

「うるさいうるさいうるさい!」


 あ、あんなのが直撃したら即死だぞ……。


「せ、せっかくお掃除したのに台無しじゃないですか! 止めてください! マシロ、今日寝るとこ無くなっちゃいます!」

「マシロ様、今はその様な場合じゃないので黙っていてください」

「……おい、2人は大丈夫なのか?」


 ミーアトリアはもちろんのこと、装備を持ってきていないらしいマシロもはっきり言って戦力外だ。あのウンディーネの攻撃を受けたらただでは済まないぞ。


「か、勝手に逃げますので先輩はお気になさらず! だから今夜は一緒に寝るところ探しましょうね!」

「私は、とりあえず役所に行って保険がおりないか確かめてまいりますので、ご武運を」

「心配して損したよ!」


 なんて頼りになるやつらだこんちくしょう!


 俺がそんなことを考えている内に、2人は裏口から逃げ出していた。 

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