Utopia

Blaze

START NEW WORLD

……私にはあなたを元に戻すことは出来なかった。あなたにもう一度辛い思いをさせてしまうこと、許してなんて言うつもりは無いわ。 私もこの『裏の世界』からあなたの無事を祈っているわ。 ……それじゃあ、頑張ってね、有希。





「ううん……」


軽く唸り声をあげながら、ゆっくりと有希の意識は体へと入っていく。


いつもに比べてやけに体が重く感じるなぁと思いながら、ゆっくりと瞼を開く。


一瞬視界がぼやけた後、すぐにピントが合って写った光景に理解が追いつかずに固まってしまった。


苔が生え、ボロボロに欠けている石ばかりで作られた家と言うより遺跡と言った方がしっくりくる空間で寝転がっている。


部屋を照らしているのは壁の隙間から入ってくる日光くらいしかないけど、かなり壁もボロボロで結構な量の光が入ってきていて辺りを見渡すには困らなかった。


とりあえず体を起こして辺りを見渡しても有希が寝転がっていた石の台座?のようなものしかなく、他は部屋の外へと続く扉くらいしか無かった。


なんだか服装もいつも着ていた私服とも制服とも違ったローブみたいなものを着ている。


なかなか着慣れない服でちょっと恥ずかしいなんて思いながら、特に着ていて動きにくさなんてのは無かったからとりあえずそのままにして扉の方へ向かった。


扉を開けようとボロボロの扉に手をやると、軽くしか触れてないのにも関わらずドーンと音を立てながら倒れた。


大きな音にびっくりしながら恐る恐る部屋の外を覗く。


すると、その部屋、と言うよりその空間は、有希が眠っていた部屋よりもさらに損傷が酷くなっていて、もう壁も屋根もほとんど無くて建物と呼べるかもギリギリだった。


壁を手で軽く触れながら、隙間から外の様子を見てみると、外に見えるのは視界の奥の奥まで続く木々だけだった。


「ここって……森……なのかな……」


孤独感に押しつぶされそうになって思っていることを実際に声に出す。


しかし、その有希が放った言葉に返答は返って来ないし、大自然特有の静寂が広がっているだけ……


そう思った瞬間だった。どこかからか何かを引きずっているような自然の中では基本聞かない音が耳に入ってきた。


音の聞こえる方向に恐る恐る進み、かろうじて残っている壁に身を隠しながらゆっくりと顔を出した。


その瞬間、有希の視界に映った存在は獰猛な動物なんかよりもより異質で、リアリティに欠けて、何より恐怖感を与えてくる存在だった。


「ひっ……!?」


思わずそんな声をあげてしまい、咄嗟に両手で口を塞ぐ。


目の前にいる存在を一言で表すとしたら、『化け物』だ。


その化け物は有希の悲鳴を聞き逃さなかったようで、ゆっくりと私の方を向いた。


咄嗟に壁に顔を隠しはしたものの、バレてしまったのではと既に私の心臓は痛い程に激しく鼓動している。


その化け物は人型ではあるものの、、全身が禍々しい黒い炎のようなものに包まれていて、見ただけでピリピリと伝わってくるような瘴気を漂わせていた。


普通目のある部分には鈍く赤い光が二つ、口辺りの纏った炎は、まるで魔物の牙のようで、こんな生物がいるなんて今まで生きてきた中で見たことも聞いたことも無かった。


恐怖心を何とか抑えつつ、さっきよりもより慎重になりながら壁から顔を覗かせる。


――その瞬間、私の心臓は一瞬止まったような気がした。


さっきまでまだまだ先にいたはずの化け物は既に私の目と鼻の前まで近付いて来ていた。


どうして……? 特に音も出していないはず……それにあんなにも圧倒的な存在感を放っていたのにここまで来るまで一切気付かないなんて……!


――いや、今はそんなこと考えている時間なんてない!


今すぐにとにかく逃げようと足に力を入れようとする……しかし既に有希の体は強ばってほとんど動かなくなっていた。


――!? 足が――!?


動かない体とは反対に頭では動こうとしていたためバランスを崩して倒れそうになった瞬間――


ドゴォォォォォン


森全体に響き渡る程の大音量と共に、有希と化け物を隔てていた壁は勢いよく宙に投げ出された。


さっきまで隠れていた場所から三メートルも飛ばされ、あらゆる衝撃で身体中に今まで感じたことの無いほどの激痛が走る。


痛みに悶えながらも化け物のいる方向に目を向ける。


化け物はその場で留まることもなく一歩、また一歩とゆっくりと有希の方に足を引きずりながら近づいてきていた。


手を使ってどうにか後ろに下がってみようとするものの、痛みのせいで上手く力が入らなくてほとんど下がることが出来なかった。


――もう私はただ近付いてくる化け物を見ながら絶望する事しか出来なかった。


今までの人生で初めて感じる本当の命の危機にもう私はただ祈ることしか出来なかった。


――お願い……誰か……助け……!


「たぁぁぁぁぁぁっ!」


心の中でそう願った瞬間、有希とも、もちろんこの化け物とも違った気合いの入った声が化け物の後ろの方から聞こえてきた。


化け物の後ろから高く飛んだその人は手に長い何かを持っていて、その長物を勢いよく化け物の中心を目掛けて振りかざした。


切れる音と同時に化け物が綺麗にふたつに別れる。 まるで呻き声のような音を発しながら化け物は数秒もせずに蒸発してしまった。


そして蒸発した化け物の後ろには、一人、長い棒のようなものを持った可憐な女性が立っていた。


長く赤い髪をたなびかせながら、凛とした表情でその女性は私を見ていた。


一瞬の静寂のあと、その女性はハッとした様子を見せ、心配そうな顔をしながら有希の方へと走ってきた。


「大丈夫!? 」


彼女は有希の間近まで来ると声を荒げながら有希の傷を見るように体全体を観察していた。


「あ……りがとう……ござ……」


余力を振り絞って小さな声で喋るともう力を使い切ってしまったらしくそのまま倒れ込んで一瞬にして有希の思考はシャットダウンしてしまった。

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