第113話 円卓講演会


 王城に招かれた俺ちゃん達は、とある一室に案内された。

 客を迎えるには些か素っ気なさすら感じさせるシンプルな装飾類、良く言えば質実剛健と捉えることも出来よう。

 だが部屋の中央に鎮座する円卓は、その意味を計れば最上級に近い敬意を払われてるのが分かる……まぁ、今回に限って言えば敬意とゆーより謝意の方が正解かもね。




 円卓に座する俺ちゃん達の対面、当代の国王モーン=イング=フーデリューは騎士王を継ぐに足る武辺の空気纏う老人だった。

 枯れても尚鋭き眼光たたえる瞳が、やや憂いて見える。

 背後に居並ぶは故事にあやかり十二の騎士が占めている。


「まずは此度の件、申し訳なく思う」


 国王故に軽々に頭を下げるわけにはいかないのだろう、代わりに胸に手を当て瞑目する……恐らくは謝意を表す騎士国流の礼なのだろう。

 十二の騎士も揃った礼を行う……一糸乱れぬ様は王の統率力の高さが見て取れる。


「謝罪を受け入れましょう」

 

 ザッキーが宇宙開拓軍の礼法に則り答礼する。

 しばしの間を置きモーン王はゆっくりと語りだす。


「そして礼も申し上げなければなるまいな。一人として死人を出さずに制圧、そしておもてを晒さぬ速やかな引き渡し……何よりも迎賓館一つを更地にする事で、メンツを潰してしまった冒険者ギルドも多少は溜飲を下げてくれよう。当方としては何も言う事は無い、むしろ何を望まれても唯々諾々と応える他ないと考えている」


 鷹揚だが決して傲岸ではなくこちらの要望を促す。


「左様ですか……では貸し1と言う事にしておきましょう。それでは本題である統治に関する講演を始めさせて頂きます。まずは」


「待たれい……いや、相すまぬ。だが、しかしそれでは貴殿らは納得いくのか?此度の不届き者の処遇なり連合議会恥部の処断なりいくらでも指図できよう」


 淡々とレジュメ通りに話を進めようとしたザッキーを慌てて遮り今一度話を戻そうとするモーン王。


「別に、何も。強いて挙げるとすれば我々の拠点となる地域周辺の政治的安定といったところですかね、後は手つかずのダンジョンでもあれば一考の余地はありますが……こちらの近辺ではその期待が薄い事も把握しております。ただ連合宗主国との繋がりは安いものとは考えておりません、ですから“貸し1”で充分なのです」


 サラリと流していたが立場がある者同士の“貸し1”は存外に重たいのだ、貸し借りを軽んずる者は軽く見られ重んずる者には人材が集まる。

 口約束と軽く反故にする様な者は、何時しか同じ様に何某かを反故にされるものだ。

 それも思いの外急所になる何某かを、だ。


「……なるほど、相わかった。しかしここに居るのは我が重鎮のみ、是非とも講演は若い者にも聞かせて勉強させたいのだ」


 そしてザッキーに言及させてしまった事で“貸し1”が余計に重みを増してしまったのだ。

 

「本人が希望してるのなら構いませんが、今回に限ってはお勧めしかねますね」


 見たところ、国王と重鎮は一枚岩なのは間違いないだろう。

 但し皇太子の暴走を鑑みるに次世代との齟齬が生じているであろう事は想像に難くない。

 恐らく何をするにしても行動に移すだけの愛国心はあるのだろう、ただ若さ故に上の者の価値観をそのまま受け入れるには少々血気盛んに過ぎる様だ。 

 そして今回はヨソモノである俺ちゃん達は相当暴れている、そのヨソモノが大層な御意見を宣っても説得力を持たないだろう。

 逆に万が一にでも、俺ちゃん達の御高説を心酔してしまうならば、それはそれで上層部との軋轢を産む要因になりかねない。


「……なるほど。ご配慮痛み入る……それに我らで消化した上で教授すべき、であったか」


 質実剛健な武辺者の集まり、だが膝を折り目線を合わせて語り他者に智慧を請う事を厭わない姿勢は受け継いだ財産なのだろう。


「統治に於いて長期的且つ根本的な施策は教育です。具体的には教育の質を上げる、又は下げると言う二つの舵取りが挙げられるでしょう」


「教育の質を下げる、と?」


 訝しげに問いかける国王。


「えぇ、短期的には有効な手段になりえますね。お勧めはしませんけどね。ただ質を上げるつもりで結果的に下げている事例は枚挙にいとまがありません、知識を詰め込んで自分で考える力を低下させると風見鶏みたいな馬鹿が量産できますよ?後は適当に扇動してやれば動いてくれます、さも自らの意思で動いているんだと自己満足しながらですね。中には教えられずとも自ら考える力を磨く者もいますが……教育者の理解が低いと一気に全体の質は下がります。教育とは洗脳と同意義語だと肝に銘じて下さい。」


 間違った教育も意図的な洗脳も、その呪縛を解くには通常は恐ろしく長い年月が必要となる。

 場合によっては死ぬまで解けぬ事すらざらである。

 ザッキーは更に続ける。


「教育の質を上げるのに必要なのは“何の為にやっているのか”と言う前提を見失わない、見失わせない事です。学者や弁論家が必要だから国策で教育するのではありません、“まともな国民”が必要だから相応の教育を施すのです。無論“まともな国民”が学者や弁論家の道に進むのは国益となるでしょう」


 講演の骨子となる考え方は御多分に漏れず技術至上主義テックイズム、その技術の継承の意義である。

 継がれない技術は喪失され、技術の背景にある思想が蔑ろにされれば誤用されて重大事故に繋がる。

 それらの非効率性は技術至上主義テックイズムの最も嫌う処である。

 技術の継承とは、教育者が教育者である事を努力し、継承者が継承者である事を努力する相互努力の上で初めて健全に遂行されるのだ。

 それは親子の関係にも通ずる、親が親である事を子が子である事を双方努力して初めて家族になるのだ。

 

 聞き入るモーン王の瞳が揺れるのは国王としてか父としてなのか……

 

 更に議会の在り方や議員の在り方、そしてその選別方法にまで言及していた。


「どの議員も各々の国益が最優先になるのは当然です、が目先の国益よりも連合として足並みを揃える事で産まれる利益とのバランスを冷静に分析・判断できなければ議員である資格は無いですね。特に国益はおろか私腹を肥やす事が最優先な者が議員ならば選出方法から見直した方がいいです、もし選挙で選んでいるなら選挙権も被選挙権も資格試験を設けた方がマシですね。制度だけ変えても効果は薄いですが何もしないで議員の顔をした盗人が幅を利かすよりマシです」


「その様な者を選出しない国民を育てる教育が必要、と言う事であるな……他国には干渉となるが、せめて我が国から。であるな」


「その通りで御座います。ご静聴有難う御座いました」



 

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