第55話 カタトンボの雷


 斯くしてボッタクー商会テイキョー支店は北部統括支部からの指示書は全て差し止め、危険な葉っぱの栽培から販売や違法奴隷等の生産性の低い業務は全て整理し、奴隷販売も凍結とした。

 追って自社労働力として回す為の教育を施す様に指示が出される。

 元々の強みであった農産物系の取り引きに注力させて取り引き農家の囲い込みや自社農場の経営による品質向上や生産量管理の合理化等々、今後の業務拡大計画において人手はいくらあっても構わないのだ。

 まぁ、指示書を発行する本部は本部なんですけどね。


 人員不足も最悪は全自動化農場や全自動化工場で賄ってしまえば問題ないのだが、最低限管理者クラスは秘密を守れる人員を配置したいところなのが悩ましい。

 まぁ、腐った部分の切り分けが急務なだけで業務内容が健全化さえしてしまえば売り上げ拡大は当面の間自然増でも構わないのだ。

 支店長室で大まかな予定を確認していたらノックの音がする、誰だろ?取り敢えず入室を促す。


「あの、失礼します…」


 入ってきたのは販売部門の責任者、表の商売の取り纏めを丸投げされてた苦労人さんだ。


「えーと、確かバントゥさん?どうかしましたか?あ、座って下さい、どーぞどーぞ」


「あの、支店長…いや支店長代理補佐見習いが一部社員を引き連れて、その…姿をくらましました…」


 立ったまま非常にバツの悪そうに報告をしてくる。


「なるほどねー、了解ですよ。報告ご苦労さまです」


 タイミング的に確認してから時を置かず報告してくれたのだろう、勤勉な人ですなぁ。


「え?あの、その…よろしいので?」


 俺ちゃんの軽い反応に面食らった御様子だ、少し説明してあげた方がいいかな?


「あー、支店長代理補佐見習いさん?彼って結構後ろ暗い事も指示されるがままに手を染めてたのよ、バントゥさんに絶対に見せなかった指示書とか無かった?普通なら販売部門の責任者と綿密な打ち合わせが必要な事柄とか蚊帳の外にハブられてた経験とか、あったでしょ?」


「あの、その、不自然な言動は幾分見受けられましたが…その…」


 まー、言いづらいわな、逆にここでベラベラ物申す様じゃ信用されないもんなー。


「隠し事をされてたって認識があるだけでいいですよ。それで今回命ぜられたのが実務のマニュアル作りなんですけど…冷静に自分が熟してきた仕事内容を見つめ直したらヤバいと気付いたんじゃないですかねー?だって表立った仕事は叩き上げのバントゥさんにほぼ丸投げされてたワケでしょ?」


「え、あ、その…はい」


 何もかもを調べ上げられてるのを察したのか今度は素直に認めた。


「地元育ちの地元採用、横の繋がりもあって取り引き農家の拡大、販路拡大と御活躍の程は把握しておりますよ。今回の業務整理で利益の薄い部門は軒並み凍結・閉鎖になります、奇しくも今回行方不明になった方々が担当してた部門ですねー、彼等の給料も浮いちゃいましたね。つまり無駄な支出が無くなるので人件費に回せるんです」


 ここでズズイとバントゥさんの顔を覗き込む。


「残ってる方達って成果に対して報酬少ないですよね?原資がある内に可能な限り遡って査定の見直ししないといけないんですよ。そんな感じで今後のお給料にも期待できるのでバントゥさん、地元の有能なお知り合いで引き抜ける方とかご存知ありません?支店長代理補佐見習いに追い出された元社員さんとかも説得して頂けると非常に助かるんだけどなー?あ、ゆで卵食べます?」


「え?ゆで卵?」


 多分、今ごろはハードボイルドな展開になってるだろうからなー。




 ――――――――




 サエキさんがバントゥさんとゆで卵の好みの硬さについて議論しはじめた頃、テイキョータウンから西に向かう街道…地元の地理に明るい商人が周辺の村からの仕入れに使われたりする細い街道に護衛を引き連れた馬車が何かから逃げる様に進んでいる。

 間もなく日も沈む時間だ、開けた場所に止まり野営の準備もそこそこに周辺の索敵と追手を想定した罠の準備に入る御一行。

 忙しなく動き回る者達が訪れなければ、夕陽を背景に飛ぶトンボが風情を醸したものを乱れた足並みが掻き消してゆく。


 一通り配置が終わったのか炊煙をあげる焚き火を囲み、少しだけ緩んだ空気の中で指揮を取る者が巡回の段取りを再確認する。

 確認を終えたタイミングで指揮を取る者の背後から不意に声がかかる。


「ここから先は時間外業務となりますよ?出来れば残業は事前申請して頂きたいのですがね?」


 淡々と、だが魂に刻み込む様な声は今日の今日に会議で散々聞かされたものだ。

 一瞬の間を置き、支店長代理補佐見習いの一行は蜘蛛の子を散らすように飛び退いた。


「まぁ、手早く片付ければディナーには間に合うでしょう、実はデートなんですよ。あ、御託は結構ですよ」


 薄暮れの空が俄に明るく染まりだす、見上げれば編隊飛行で魔法陣を展開するトンボの群。


 “モデル・ハード・オニヤンマ”

モデル・オニヤンマの戦闘用モデルであり主機出力向上と共に全体的に大型化している。

6体1組の編成で形成される魔法陣から放たれる魔法攻撃は中級魔法に匹敵し、群れの規模と共に威力と攻撃範囲を増していく。

 忖度しない落雷は標的を駆け抜け、ダメージと麻痺の状態異常を等しく与え地面に縫い付ける…果たして意識を保てた者は何名いるものか。


 森の中からは散開してた者達を仕留めたパイセンが姿を表す、残党処理は手分けして行う手はずだったが一人で平らげてしまったようだ、流石の隠密能力だ。

 見上げれば上空より簡易光学迷彩を解いた飛空船が降りてくる。

 後は回収をゴーレムに任せれば良いだろう。


「デートには間に合いそうですね、女性を待たせる趣味はないので助かります…しかしハード・オニヤンマ硬トンボの雷とは洒落がキツい」


 独り言ちる中佐の言葉は夕闇に溶けていく。





 

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