7、語らい
プロポーズされそのまま寝所を共にするのかと思ったが、意外にもデーアとアンジュが一緒に二人で寝ることになった。ゲニーが左右の部屋の間に空間の歪みを造り、その真ん中の部屋に寝ることとなったのだ。ヴァイスハイトとゲニーは最初お互いの寝室で別々に寝ようとしてたが、積もる話もあるしたまには兄貴と寝たいからとゲニーが提案したので、男二人はヴァイスハイトの寝室で寝ることになった。ヴァイスハイトもゲニーの提案に乗り気でいい酒があると酒のボトルと共に二人で寝室に入っていく。エーデルシュタイン王国では、社交界デビューする歳である十七歳以上の飲酒を許可しているのだ。
「何か釈然としないわ」
「私も不完全燃焼って感じ」
「ま、でもあの人達なりに気を使ってくれたんだと思うことにするわ」
「そういうことにしておくね。けしてヘタレではないと信じることにする」
そう言うとデーアとアンジュは笑いあってそのまま深い眠りについた。
◇
一方プロポーズが上手く行き、外堀も埋めることが出来た男二人は上気分で酒を交わしていた。酒を交わすといってもヴァイスハイトとゲニーは酒に強く基本酔わない。二人にとって酒はジュースのようなものなので普段は無駄だと飲まないのだが、今日は特別なのだ。
「ってか兄貴がアンジュの姉と知り合いなのは知らなかったよ。しかも惚れてるとか」
ゲニーはヴァイスハイトをヴィーと呼ぶときと兄貴と呼ぶときがある。後者は弟として兄に甘えてるときだ。
「それは俺のセリフだ。お前もデーアの妹に惚れてたんだな」
珍しく、くくくと面白そうにヴァイスハイトが破顔する。
「いつデーアと面識があったんだ? クラス別でしょ」
「お前もアンジュとクラス別じゃないか。接点があるとしたら実技試験か? お前とアンジュはいつも実技試験で最後に必ず戦うからな」
実技試験はトーナメント戦で行うので、最後に優勝を決めるとき必ずと言っていいほどゲニーとアンジュがバトルするのだ。
「うん……。最初は大して魔力量ないのになんでこんなに戦えるんだろって関心からだったな。ほら、僕って魔法に関しては天才的でしょ? 魔力量も桁外れだから努力しない割には何でも魔法使えたし」
ふふんと自慢げに笑うゲニーだが、努力しない割にという言葉が似合わない程に、自分の魔力量に比例するかのように魔法を研鑽して来たのをヴァイスハイトは知っている。ゲニーは努力を見せたくないのだと最初は思ってたが、最近素で全然努力してないと思ってることが分かってきた。努力を苦労だと思わない、生粋の努力家なのだ。
「お腹すいたから購買でパン買おうと思ったら僕の前で全部売り切れちゃってさ、まあ仕方ないかって諦めようとしたらあんまりお腹空いてないからって自分のパンを半分こにして僕にくれた子が居てね。お腹鳴らしながら言うから嘘だって分かったんだけどその子の優しさに甘えたんだ」
「まんまと餌付けされたって訳か」
「は? そんなんじゃねーし。餌付けだけじゃ惚れねーよ。僕には当たり強いけど、基本アンジュはお人好しで凄く優しいんだよ。困ってる人がいたら誰でも手を差し伸べるんだ。自分に対して嫌な事するやつににだって差し伸べるんだぜ? アンジュに嫌がらせしてた女子達を助けた時にはやべぇ……天使がいると思った……。ま、結局は嫌がらせもそれでおさまったから、やっぱり情けは人の為ならずだなと。アンジュは名前通り天使なんだよ! は! てことは僕天使と結婚できるってこと?!」
百面相する落ち着きがないゲニーを横目にヴァイスハイトがぽつりぽつりと話す。
「静かで他者との関わりのない図書室が学校での唯一の息抜きの場所だったんだ。元々本は好きだし、本の独特の空気を吸うのも好きだからな。図書室はあまり人気がないし、いつも居る人も限られてる。第一印象は男性が好む小難しい本を読んでるなと、ちょっと変わった子だなと。でも別にいつもそういう本を読んでるわけじゃなかったんだ。デーアは幅広い分野の書物を読む。彼女の見解を聞きたくて声をかけたら、あらゆる学問や雑学に至るまで知識量が半端なかったよ。それに彼女には未だにチェスで勝てない。これでも十八歳以下のチェス世界大会で優勝したことある身としては悔しかったな。大会に出れば絶対優勝すると言っても、趣味にしたいからいいと跳ね除けられた。彼女は多くを望まない。今あるものや人を大切にできる人なんだ。芯があって凛としていて……きっとこの国の女神がいたらデーアみたいなんじゃないかなと思う」
「兄貴もベタ惚れなんだな。デーアの尻にひかれる兄貴の未来が見えるわ〜」
「お前はもう既にひかれてると思うが?」
「夫は妻の尻にひかれてたほうが幸せなのだと父上も日頃から仰ってるじゃんか」
ニヤッと笑うゲニーにつられてヴァイスハイトも笑みを零す。男二人の夜の語らいは暫く続いた。
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