6、プロポーズ

「ふぅ〜。今日一日で色々あり過ぎて疲れたわ」

「本当ね。さらわれたのがずっと前の事みたい」


 お湯に浸かりながらデーアとアンジュは会話をした。


「ねぇ、色々予防も兼ねて今からはテレパシーするわよ」

「ん、了解。私もそうしようと思ってた」


 女神の慈しみ子である双子は稀に言葉にしなくてもお互い会話が出来る。お互いが心の中で会話したいと思う時にしか出来ないが、言葉にしなくても会話ができるのは何かと便利であった。そう、今回みたいな誰かの魔法の下で暮らさなきゃいけないときなども然りだ。


『あの二人のことだから、多分私達の会話は筒抜けだと思うわ』

『だろうね。ところでどうするの? 指輪とれるまでここに居るつもり?』

『あの方法以外に指輪を外す方法はないのかしら』

『ゴルト王子が脅してただけなのかな』

『あまり話したことはないけど、普段のゴルト王子と様子が違ってたわ。まるで何かに操られてるような』

『じゃああれは嘘?』

『でも嘘だとも思えないのよ。数時間だけどゲニーが解除魔法を手当り次第かけてたのに一向に外れなかったわ』

『じゃあどうすればいいの? まさか誰かにしてもらうの頼むって事?』


 数秒沈黙が流れる。


『ねぇ……。もし頼むのなら誰に頼みたい?』

『は?!』

『もし頼むなら……私はヴィーに頼みたいわ』


「アンジュは?」


 デーアはその言葉を発し、生まれてこの方ずっと一緒に生きてきた愛しい片割れである妹を見つめた。


 アンジュは今にも泣きそうな顔をしながらデーアにテレパシーを送る。


『私は……。私は、ゲニーに頼みたい……』

『そっか……。ねぇ、いつから好きなの?』

『私から話すの? デーアから話してきたのに?』

『分かったわよ、姉である私から話すわ』


 デーアは毎日放課後図書館で会ってたこと。一緒にいて心地がいいこと。表情は豊かじゃないものの、微々たる変化が段々と分かるようになって愛おしいと思うようになったこと。努力家で、勤勉でストイックな性格を尊敬してること。攫われた時、好きだと自覚したことをテレパシーで伝えた。


『そっかぁ。デーアに好きな人が出来たんだね。ふふ、なんか嬉しいような寂しいような……』


 アンジュも学校の裏庭でいつもパンを召喚してくれる不器用な優しさに惹かれたこと。意外と世話焼きで頼り甲斐があるところ。好きなことに一直線でその為なら努力を惜しまないところ。感情に素直で裏表がなく、屈託ない笑顔が可愛いところ。そして自分も攫われた時、好きなことを自覚したことをテレパシーで伝えた。


『アンジュと恋バナしたの初めてだわ』

『まあ私これが初恋だし? デーアは?』

『私もよ』

『そっかぁ。二人とも初恋なんだね』


 デーアとアンジュが恥ずかしいけど心がぽかぽかする幸せな気持ちに浸ってるとヴァイスハイトとゲニーの声がした。


「全然上がってこないが大丈夫か?」

「のぼせて倒れてるのか?」

「キャー! のぼせていないわよ!」

「倒れてもいないから出てけー!」


 デーアとアンジュはヴァイスハイトとゲニーが脱衣所に居ないことを確認し、浴室から出る。何故かメイド服と着ていた下着がなくなっていて、新しい下着と寝着が置いてあった。


「青が私かしら?」

「うん、多分デーアが青だと思う。それで赤が私かなぁ?」


 今日着させられたワンピースの色と胸のサイズを頼りに青と赤のそれぞれ上下の下着を着る。その上に白いワンピース状の寝着を着た。


「どこで寝ればいいのかしら」

「ラーヘルさん呼ぶ?」


 するとノックの音が聞こえてヴァイスハイトとゲニーが脱衣所に入ってきた。


「君達の寝室はこっちだ」


 そうヴァイスハイトが言い、デーアはヴァイスハイトに、アンジュはゲニーに手を引かれ、部屋の奥にある二つの扉の前に連れていかれる。


「本当は右の俺の寝室に俺とデーアが寝て」

「左の僕の寝室に僕とアンジュが寝る予定だったんだけど」

「「流石に性急せいきゅうすぎるかなと」」


 デーアとアンジュは目の前の男二人の突拍子もない発言に目を白黒させた。


「今までも散々色々変だとは思ってたけど、これは流石におかしいわよ!」

「結婚前の、だ、男女が寝所を共にするのはどうかと思う!」

「じゃあ結婚したら僕となら寝所共にしてもいいってことだよね?!」

「ここでアンタのポジティブさいらないから!」


 また痴話喧嘩を始めるアンジュとゲニーを横目に、デーアは真剣な顔をしてヴァイスハイトを見る。


「貴方のことだから……ふざけてるわけじゃないのよね?」

「ああ、俺達はいたって真面目だ。それに結婚はしてないが、婚約者なんだから寝所が一緒でも何も問題はないだろう?」


 エーデルシュタイン王国は婚姻前の女性の処女性を重視はするが、将来の伴侶に対しての婚前交渉に関しては比較的緩い。伴侶を裏切らないことが大事とされるからだ。


「「婚約者……? 誰と誰が?」」


 デーアとアンジュはヴァイスハイトの言ってる意味が理解できない。


「俺とデーア」

「そして僕とアンジュだけど?」


 何を今更という顔をするヴァイスハイトとゲニーは首をかしげた。


「あ、そっか。言い忘れてたかも」

「俺が母上の発言さえぎったあと伝え……」

「「てないな!!」」

「いや、伝えるとか伝えないとか以前に、婚約した覚えはないし承認した覚えもないわ」

「いつそんな話が出たの?!」

「え〜、いつって……。今日?」

「ああ、今日だな。君達が攫われて、我が家に着いたあとオラーケル家へ三十分だけ話をしに行ったんだ。オラーケル侯爵が『娘が傷物になった嫁の貰い手がいない』と泣いて騒いでたから……じゃあ貰っていいですかと」

「私達の人生が三十分で決まるとか」

「魔法使えるようになったらお父様のハゲ燃やす!」

「アンジュ、ハゲはもう燃えないと思うぞ?」

「その前にアンタをハゲにして燃やしてやる〜!」

「外堀埋めることはもうしたから、後は正面突破するだけだな」


 ヴァイスハイトは眉を下げて微笑する。


「そうだな、言うことはちゃんと言わないとな」


 ゲニーも似合わず真面目な顔をした。


「デーア・オラーケル嬢、一生涯大切にすることを誓います。私、ヴァイスハイト・アルメヒティヒと結婚してくれますか」

「アンジュ・オラーケル嬢、一生涯貴方だけを愛することを誓います。私、ゲニー・アルメヒティヒと結婚してください」


 ヴァイスハイトはデーアに、ゲニーはアンジュにひざまずき、手を取り甲にキスを落とす。


 今日はゆでダコのように顔を赤くする場面が多いデーアとアンジュが今日一番顔を赤くした。


 頭がオーバーヒートしているデーアとアンジュは狼狽えるだけでろくに言葉も話せない。痺れを切らしたヴァイスハイトとゲニーは問う。


「「返事は?」」


 それは相手を咎めるものではなく、慈愛に満ちた表情だった。そして緊張しきってたデーアとアンジュをそれぞれが抱きしめる。


「よろしく……」

「お願いします……」


 デーアとアンジュは微かにそれだけ答えられた。

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