雨宿りの二人
春雷
第1話
雨が降っている。
どうやら予報は外れたらしい。土砂降りの雨だ。俺は晴れの予報を信じ、傘を持っていなかった。急いで近くの家屋に駆け寄る。古びた一軒家で、売物件の看板が出ている。誰も住んでいないらしい。中には入れないようなので、庇で雨を除ける。
ざあああ。
周囲に鳴り響く雨の音。所々で水溜まりができている。風がないのが幸いだ。おかげで全身濡れずに済んでいる。しかし靴はすでに濡れていて、靴下までぐっしょりだ。嫌な感覚が足から伝わってくる。
雨が降り始めたのは、俺の日頃の行いが悪いせいだろうか。
ふと、考える。
しかし、そんなことを考えたところで意味はない。何かが改善するわけでもない。
雨が止んだら、もう一度行くべきか。あるいは、今すぐにでも。
そんなことを考えていると、ぴちゃぴちゃという足音が聞こえてきた。足音がする方向を見ると、女性が鞄を雨除けにしながらこちらに近づいてきていた。
「隣、いいですか?」
俺は頷いて、横に移動し、彼女を庇の下に入れるようにした。
「ありがとうございます」と彼女は言って、俺の横に並んだ。
しばらく沈黙が続いた。雨音がその間を埋めるように、沈黙の中に潜り込んだ。
「雨、止みませんねえ」しばらくして、彼女が言った。
「ええ」
改めて見ると、彼女はスーツを着ていて、髪も綺麗に短く切り揃えていた。しっかりとした身なりだ。都会ならまだしも、こんな田舎の、山の近くにあるようなこの場所でその格好を見るのは珍しい。俺は少し警戒した。
「予報では雨でしたよねえ」と彼女。
「ええ」
「折りたたみ傘持ってくれば良かったな」
雨は降り止む様子がない。どうやら俺は機を逸してしまったようだ。今からこの土砂降りの中を走っていくのは不自然だ。それなりの理由がなければならない。少しでも怪しまれる可能性は潰しておきたい。雨が止むまで待つしかない。
「えっと、お聞きしてもいいですか?」彼女が、俺の目を覗き込むようにして、言う。
「何ですか?」
「どうして、ここへ?」
俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じる。これは想定内の質問のはずなのに、いざその質問がぶつけられると動揺してしまう。俺は動揺が表に出ないよう努めた。この時ばかりは、自分の心の弱さを呪う。
「親戚がこの地域に住んでまして。一緒にお墓参りに行っていたんですよ。先祖の古いお墓でしてね、ちょっと入り組んだ場所にあるんです。お墓を掃除するなどして、一通りの作業を終え、帰ろうとしたのですが、途中で忘れ物に気づいて引き返したら、雨に降られたというわけです」
俺はあらかじめ考えておいた文言を話した。
「忘れ物は取れましたか?」
「いえ、まだです。財布を忘れたので、取りに行かないと。この雨、困ったものです」
俺はうっすら汗をかく。大丈夫だろうか。
「あの、あなたは何故ここに?」と俺は質問する。
「私、ライターなんです」
「ライター、ですか」
「ライターと言っても、小さいウェブ雑誌で書いているだけですけど」彼女はふっと笑う。「実は私、学生の頃、民俗学を学んでいたんです。民間伝承とか祭祀とか、そういう文化を研究するような学問です。専門ではないので、私は半可通なんですけど、とにかくそういう民俗学的な分野に興味を持っているわけです」
話の方向性が見えない。彼女は何が言いたいのだろう。
「それで、趣味といいますか、学問としてやっているわけではないので、分類等はできないのですけれど、各地のお墓を見て回っているんです。取材のついでに」
俺は動揺した。まさか、俺の墓参りが嘘だと気づいているのか。
「それで、そのお墓について詳しく教えていただけませんか。お墓はどういう形式のお墓でしたか」
「どういう形式、と言われても、僕にはどうにも。普通のお墓だと思いますが」
「どれくらい古いお墓なんでしょうか」
「それも、よくわかりません」
「じゃあ私、行ってみてもいいですか? どこら辺にあるお墓なんです?」
「それは、ちょっと。その、危険な場所にありますし、かなり奥まった所なので。雨で滑りやすいですし」
「そうですよね」
彼女は少し寂しそうな表情をする。どうやら納得してくれたようだ。
俺はそれ以上の追及を避けるため、話題を変えることにした。
「それで、何の取材をしていたんです?」
「実は私、見たんですよ」
彼女は俺の質問を無視した。
「は?」
「あなたが死体を山に埋めるところ」
雨音が消える。代わりに心臓の音がうるさくなった。
まさか、見られていたのか?
「私、お墓が好きなんですよ。人が入っているお墓が。だから人を殺して入れているんです。自分でお墓作って」
「は?」
「それで何度もお墓の様子見に来てるんです。誰かに荒らされたりしたら困りますからね。古い素材で作ったので、もしかするとあなたがそのお墓見つけちゃったかなって、思ったんですけど、特殊な形式のお墓なので、多分見つけてませんね」
彼女は俺を見据えた。
「あなたは、その嘘の下手さ加減から推測するに、人を殺し慣れてない人なんでしょう。そういう人は困ります。私の墓がある場所の近くに死体を埋めるなんて。あなたが警察に捕まって、そこらを捜索されたらどうなります? 私の墓も掘り返されちゃうかもしれない」
俺は焦り、動揺する。汗が止まらない。
「すぐ動揺する。それが顔に出る。さっきはあなたをテストしたんです。あなたは嘘が下手。それがよくわかりました。つまり、不合格です」
どす、という感触。金属が肉を貫く感触。見ると、俺は腹をナイフで刺されていた。血が、どくどくと、流れる。
「おまけに反応も鈍い。でもいいです。これでまたお墓が作れます」
彼女は笑った。
「あなたが殺した人と同じお墓に入れてあげます。その方が、あの世で復讐しやすいでしょう?」
雨宿りの二人 春雷 @syunrai3333
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