18歳の俺、家を出る

武 頼庵(藤谷 K介)

家族の絆、家族の愛



 自分の希望する大学を受験して、見事に合格を勝ち取った俺は、一緒に合格発表を見に来ていた母が、俺の事を抱きしめながら涙を流しつつ凄く喜んでいる様子を見て、胸の奥にチクッとした小さな痛みを感じていた。



「皆、俺……家を出て行くよ……」


 そして合格発表の有ったその日、家のリビングで合格祝いを家族でしている時に、俺は静かにそう口にした。


 俺、啓介こと花咲啓介はなさきけいすけは家族に向けて、初めて自分の想いを口にした瞬間だった。




 俺の父さんは小さな電気工事業を生業にしている家の三男坊として生まれた。しかし父さんは電気関係の事には全く興味を示す事は無く、しかも既に長男が家を継ぐことが当たり前という世相の中に生きて来た事もあって、早い段階から家を出て生きていく事を考えていたらしい。


 もともと手先は器用だった事もあり、しかも小さい頃に買ってもらったプラモデルが興味深いモノだったらしく、作る事の楽しさそしてそもそもプラモデルとはどうやって作成されるのかに京美が移り、やがて自分でそういうものを作り出すことを職業にしたいと思うようになった。


 その思いは直ぐに――とはいかず、父さんの実家的には上の兄弟たちと共に、父さんにも家業を手伝ってほしいと、もちろん一緒に家業を生業にしていくのだと思っていたようで、父さんがその事を打ち明けると驚きと共に大反対された。


 しかし諦めの悪い父さんは、家族の中で唯一の味方であった母さん――俺からするとお婆ちゃん――の勧めもあって家を出て、お婆ちゃんの実家で暮らす事に。


 実家からは再三の説得を受けるものの、『自分の生き方は自分で決める』という気持が揺らぐ事は無く、自分で大学へ通う学費をバイトで賄いつつ、念願かなって大手とはいかなかったが、そこそこの企業へと就職することが出来た。


 その企業ではもちろん現場で機械相手に汗を流す毎日だった様だが、そんな父さんに惚れてしまったのが俺の母さん。


 当時は就職のために遠方の地元を離れ一人暮らしだった母さんは、父さんの働く会社の事務員として働いていた。


 詳しいいきさつは俺も聞かされてない。一度聞いたが「恥ずかしいから聞くな」と父さんが頑として答えてくれなかったのだ。


 ならば母さんに聞けばいいのだけど、俺の母さんは俺が生まれて3年後に、自転車に乗って買い物へと向かっていた途中、横断歩道を渡っていた最中に左折してきた大型トラックに巻き込まれ、少しばかり引きずられてしまったようで、事故に気が付いた人たちにより救助はされたが、救急車などが到着する時には既に動かない状態だった。


 その時には既におばあちゃんの実家を離れ、家族3人で暮らしていたのだけど、父さんと二人きりになった事で広くないアパートの一室が、とても広くなったような気がしていた。


「これからは俺が啓介を守っていくからな……」

「……うん」

 二人きりの食卓で、俺も父さんも静かに食事をする。それまでは母さんが作ってくれた暖かいご飯を食べられていたけど、家事が苦手な父さんだけに、レトルトのものや総菜など買って来た出来合いのものが食卓に並ぶようになっていた。


 それでも父さんは仕事を頑張ってくれて、俺も幼かったなりに自分で出来る事を率先してこなす様にして、なるべく父さんの手を煩わせない様にした。



 そんな生活が5年過ぎたある日――。


「啓介」

「なに?」

「父さん……結婚したい人が居るんだ」

「は!?」

「すまん啓介。嫌……かな?」

「…………」

 いきなり夕飯を一緒に食べながら父さんが話し始めた内容に俺は驚いた。驚きはしたけど、母さんがこの世を去って既に5年過ぎているし、俺も出来る事は自分でできるようになっていたので、特に二人で生活する事に問題は無かったんだけど、やっぱり友達などの家族でいるところなどを見かけるとちょっと羨ましいとも感じていたので、するかしないかは別として、一度父さんが結婚したい人と会うことになった。


「こんにちは啓介!!」

「こんにちは啓ちゃん!!」

「え!?」

 あまり堅くならない様にと、父さんが結婚したい人とが会うのは公園にしてもらったんだけど、待ち合わせ場所の近くまで近づいた時に走り寄ってきた二人。


 俺よりもちょっと背の高い男の子で名前は大地。2歳年上で公園などで遊ぶときは俺達のリーダーの様な存在で、良く一緒にあそんでいる。

 その大地の後ろを一緒について来た女の子。大地の妹で俺の学校でのクラスメイトでもあるそらだ。


「どうして2人が一緒にいるの?」

 兄と妹とはいえ、大地とは一緒に遊んでいる仲なのだけど、天とはあまり遊んだ事は無いので、一緒にいる事を不思議に思う。


「お母さんが会わせたい人が居るって連れてこられたんだよ」

「そうそう!! お父さんになるかもしれない人なんだって!!」

 ちょっと嫌そうな大地と、凄くうれしそうな天。


――あれ? もしかして……。

 俺がそんなこと考えていたら、大地と天の後ろに女の人がスッと並んだ。

「こんにちは啓介君」

「は? え? あ、はい。こんにちは……です」

「フフフフ……」

 俺の返事を聞いてくすくすと笑う女の人は、何度か見たことが有る二人のお母さんだ。


「お待たせしてしまってすみません」

「いえいえ。ちょっと子供達と遊んでいましたから平気ですよ」

 少し遅れてきた父さんが、背に抱えていたバッグからペットボトルを取り出して3人に手渡す。


「えっと……とりあえず座りませんか?」

「そ、そうですね。では……あ!! あそこの四阿に行きましょう!!」

「はい」

 父さんと二人のお母さんが並んで歩いていく、俺達三人も顔を見合わせた後にその二人の後を追った。


「啓介、こちらが俺のけ、けけ結婚したい人で、行方なめかた由紀子さんだ」

「……うん」

「で、そのお子さんたちの大地君と天ちゃん」

「うん。知ってる」

 俺たちが四阿に設置してある椅子に座るとすぐに、父さんがあせあせと紹介してくれる。その姿を見ながらくすくすと笑う大地と天のお母さん」


「父さん」

「ん? ど、どうした?」

「2人のお母さんと結婚するの?」

「え!? あ、まぁ……したいなぁとは思ってるんだけど……」

「そっか……」

 父さんの返事を聞いた後に、俺は大地と天を見る。大地はスンとすましているけどちょっと嬉しそうな顔をしているし、天は会った時からのテンションのままウキウキとしていた。


――そっか……。この2人と家族になるのか……。うん……。


「いいんじゃない?」

「「え!?」」

 俺の返事に対して何故か父さんとおばさんが驚いた。


「反対しないのか? 本当に?」

「別に反対じゃないよ。それに大地とは仲いいし、天とは……クラスメイトだし?」

「そ、そうか!!」

「よ、良かったです……」

 おばさんは泣き始めてしまったけど、そんなおばさんをギュッと抱きしめる父さんは本当にうれしそうな表情をしていた。


「啓介が弟になるんだな!!

「そ、そうだね……」

「嬉しいぜ!! 俺弟が欲しかったんだ!!」

 そう言いながら大地が俺の頭をぐりぐりと撫でる。


「やったぁ!! 啓ちゃんがお兄ちゃんになるんだぁ!!」

「え!? お兄ちゃん!?」

 天が俺に抱き着きながらぐりぐりと頭を押しつける。


「そうだぞ。啓介はお兄ちゃんになるんだ」

「え? どういう事?」

「啓介君は5月生まれでしょう? 天は10月生まれなのよ。だから啓介君がお兄ちゃんということになるわね」

 俺達の話を聞いていた父さん達が、俺達を微笑ましい表情をしつつ見ていた。


――そうか……お兄ちゃんか……。

 俺にお母さんと兄妹が一遍に出来た日となった。






 後に聞いた話だが、この時俺に反対されていたら、父さんとおばさんは結婚しないままでいる。という選択をしようと決めていたらしい。


 おばさんの元旦那さん――大地と天の実のお父さん――は、家庭内暴力が酷くて、おばさんだけではなく2人にまで手を上げる事が有り、逃げるようにして公共機関へと相談してようやく離婚できたそうで、離婚したとはいえ近くに住んでいたら元旦那さんから何をされるか分からないという理由で、天が小学校に上がる前に父さんと俺が住むこの町へと引っ越してきた。


初めは元旦那さんのしてきた暴力の影響で大地は大人の男の人が苦手だったらしいのだけど、引っ越してきた大地が道路へと飛び出して車に轢かれそうになったところを父さんが助け、飛び出した事を注意した父さんに怯えていたらしい。


しかし、泣き出してしまった大地の事を家に送っていた時に、おばさんから事情を聴いて、大地の事が気になってしまったようで少しずつ大地の事を気にかけている内に、おばさんともいい感じになったようだ。


 大地とは逆に、天は初めから父さんに懐いていたようで、おばさんの家に行くときには必ず天が先に父さんの膝に座って楽しそうにしていたらしい。


 それまでは子供といえば俺としか接してこなかった父さんは、天のそういうところにキュンとしてしまったんだろう。


 そういう事が有ったからこそ、母さんと一緒になることを決めて俺も含めて家族になろうと決めたみたい。


 そのおかげ――といえるのかどうかわからないけど、俺達はそれからずっと家族として楽しい毎日を送ることが出来た。


 大地は弟が出来て本当に嬉しかったようで、何かあるとすぐに俺を助けてくれるし、相談にも乗ってくれる。頼りがいのある『兄貴』となったし、天とは同じクラスだったのだけど、父さんと母さんが結婚した次の年に、残念ながら兄妹で同じクラスでは――という理由から別々のクラスになってしまったけど、学校の中でも家の中でも俺の事を「お兄ちゃん」といっては寄り添ってくれていて、本当に仲のいい兄妹となれた気がする。


 そんな生活にも慣れた高校1年生の時、突然父さんが仕事中に倒れた。病院に緊急で運ばれたのだけど、そのまま回復することなく息を引き取ってしまった。


 心筋梗塞だった――。


 楽しかった生活は変わった、突然闇に飲まれてしまったのかという程、家族の中での会話が減り、大学進学をする事にしていた大地はそれを取りやめ、地元の企業への就職を決めた。

 俺も天も家族に負担が掛からない様にと、俺はバイトの量を増やし、天は家事などをそれまで以上に手伝うようになった。母さんはそれまでパートに出ている日数を制限していたけど、出来る限り毎日でも入る様にして家計という面で俺たちを支えようと一生懸命に働いてくれる。


 ようやくそんな生活も軌道に乗って、家族の中での会話も普通になり始めた頃、母さんがとある話を持ち掛けて来た。


「結婚を視野にしたお付き合いを申し込まれているの……」

「「え!?」

「はぁ?」

 今までそんな素振りも見せていなかったから、俺達3人は本当に驚いた。母さんもどうしようか迷っている様で、最終的な判断は俺達に相談してから決めると相手に伝え、こうして俺達に正直に打ち明け、向き合ってくれたのだろう。


 相手の人は務めている先で出会った、同じ歳の人で会社役員の息子さんらしい。

 母さんが詳しい話を聞かせている横で、大地は何も言わず黙り込んでいた。大地は一足先に就職はしていたものの、これまで父さんの代わりをしてきた母さんが、少しでも楽を出来るようにと家計的な事を考えてそのまま一緒に住んでいた。


 俺と天は、通う高校は違えど高校を無事に卒業。後は大学への進学をする事が決まっていたし、これから先の事を見すえて動き始めていた。


 俺は腕を組んだまま何も言わない大地の事を見て、それから天の事を見た。天はどうしたらいいのか考えている様で一人百面相をしている。





 俺も天も実家から通える場所を選んでいたのだけど、新しい生活になると考えるとそれも考え直さなければならない。


俺はずっと昔に、胸の奥にしまっていた想いが今になって大きくなり始めている事に気が付いた。


――そうだな。もう……。

 

「いいんじゃないかな?」

「え?」

「むっ!?」

 俺のこぼした言葉に驚く大地と天。母さんは目を見開いたまま驚いている。



「俺は……いいと思うよ。母さんは今まで苦労してきたんだし、俺達を立派に育ててくれたんだから、もう自分の幸せを考えてもいいんじゃないかと思うんだ」

「いやしかしだな……」

「で、でも……」


 何かを言い出しそうな2人を俺は手で制した。


「皆、俺……家を出て行くよ……」


 ひゅっと息を吸う音が、俺の隣に座る天から聞こえてくる。


「な、何故?」

「そ、そうだぞ!! どうしたんだ啓介!! どうしてそうなる!!」

 母さんと大地が俺に疑問をぶつける。天は俺の方を黙ってジッと見つめていた。



――もういいんだ……ありがとう……。

 俺は一呼吸おいてから話し出した。


「母さん今まで本当にありがとう。血のつながりの無い俺を育ててくれて本当に感謝しています。大地、本当に優しくて頼りがいのある凄く尊敬する兄貴だ。天、歳は同じだけどいつも優しくてとてもあたたかく俺を迎えてくれる妹でいてくれてありがとう」


「「「…………」」」


「もう……父さんが死んで結構経つんだし、皆はこれから先の事を考えても良いと思うんだ。母さんが再婚するのは大賛成だ。本当にね。いい人に巡り合えたなら本当に良かったと思う」

「啓介……」

 母さんは俺を見つめて涙を流す。



「新しい家族が出来るのなら、俺の存在はいらないと思うんだ。いや、新しいお父さんになる人にとっては邪魔でしかないと思う。だから俺はこの家を出るよ……」

「啓介良いのかそれで!! お前は俺の弟だろ!? 今でもこれからも!!」

「いいんだ……。あぁ大地と天はいつまでたっても俺の兄妹だ」

  

 大地はまた静かに考え始める。


「いやだ……」

「え?」

 それまで静かだった天が俺を見ながら声を出す。


「いやだ!! 啓ちゃんと離れるのも、家族じゃなくなるのも嫌!!」

「天……」

 俺に頭をぐりぐりと押しつける天。


「じゃぁ……」

 大地が俺の方をじっと見つめると、ニコッと笑顔を見せる。


「本当の家族になればいい。なぁ天?」

「え?」

「へ?」

 何を言い出すのかと大地を見ると、母さんも何故かこくりと頷いていた。


「本当の家族になろうぜ啓介!! 天、お前と啓介が結婚しちまえばいい!!」

「はぁ!? バカなこと言うんじゃねぇよ!! そんな事……」

「なるほど!! その手が有ったね!!」

 俺が否定しようとしたら、天ががたりと音を立てて椅子から立ちあがった。


「おう!! そうすれば天が啓介とずっと一緒に居られるし、家族に慣れるんだぜ? 一石二鳥だろ?」

「そうだね!! うん気が付かなかったよ……って、こんな場面でバラさないでよ大地兄ちゃん!!」

「いい考えだろ?」

「いい考えだけど……うぅ~……恥ずかしい……」

 天は再び椅子に座り直すと、俺から顔をそむけた。でも後ろからちょっとだけ見える耳が真っ赤に染まっている。


「そうねぇ……天は小さい頃から言っていたものねぇ……。啓介のお嫁さんになりたいって。啓介なら安心して天を任せられるわね」

 母さんもまだ涙を流しながらもニコリとほほ笑む。


――え? ちょ、ちょっとまて!!


「え? なにこれ……そういう流れ?」

「妹を泣かすなよ? 啓介」

「天をよろしくね、啓介」


「え、あ、はい……」

 どうにか絞り出した俺の返事。天は少し俺の方へと顔を向けて赤い顔したまま微笑んでいた。





 

「啓ちゃん!! みてみて!!」

「どうした?」

美空みくが歩いてる!!」

「本当か!?」

 俺を呼ぶ天の声を聴いて慌ててリビングへと向かう。


あれから5年が経ち、俺と天は母さんたちが住む町の隣町へと引っ越して暮らしている。

天が俺の事を小さい頃から好きだったことが判明したあの日以降、天は俺にベッタリと離れず甘えてくるようになった。


俺は天の事を妹だと思うようにしていた。だから自分の気持ちの奥底の真意には全く気付かなかったんだと思う。いや気が付いてないふりをしていたのかもしれない。


 あの話し合いをした後、母さんは交際を申し込まれた人と交際を始め、ようやく最近になって入籍をしたと知らせが来た。

 大地には彼女がいて、その人と結婚を前提にして同棲を始めているらしい。その同棲する彼女と共に、母さんたちの所に頻繁に顔を出していると大地から直接電話で聞いた。


 母さんもまたらしい父さんも、大地と大地の彼女さんととても仲が良く、一緒に買い物などに出かけて行っているみたいだ。

 そして俺と天はというと、俺が大学を卒業するのと同時に結婚をした。俺は父さんと同じように物を作ることが好きだったようで、今はおもちゃなどを造る企業へと就職し、デスクワークではなく体を動かす工場にて、毎日機械の前で汗を流し頑張っている。

 

 もちろん母さんと新たな父さんとも関係は良好だ。孫の顔を見によく家へと尋ねて来てくれる。

 そこで今までにあった色々な事や、小さい時の俺達の事など語り合い、笑って過ごすのが本当に楽しい。



 俺は母さんたちと家族に慣れた事を本当に嬉しく思う。

 そして俺を生んでくれた母さんも、男手一つで育ててくれた父さんの事も、本当に大好きだし、本当に誇りに思う。



 今は天と共に、一緒に暮らしてきた家族の絆を感じながら、新たに増えた家族と毎日幸せに暮らしている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

18歳の俺、家を出る 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ