第2話 彼女は


 俺は驚いて演奏を止めてしまった。


 突然何も言わずに隣に座ってくるんだもの。

 そりゃ怖いでしょ。

 うん。


 で、彼女はこう言った。


「続けて。」


 あ。はい。とりあえず続けてみます。


 いつも通りに続けてみたかったがやっぱり気になりすぎて演奏を止めてしまった。

 彼女は不思議そうに俺を見つめる。


 不思議なのはこっちなんだが。


「あの…。」


 正直久しぶりに親以外と喋る。

 ちょっと緊張してしまう。


「なんですか?」

「どうかしました?」

「何がですか?」


 え?何がですか?

 え?どうして何がですか。

 何が何がですか?


 ちょっと混乱したが質問をしっかりしよう。


「急に隣に座られたので何かあったかなって。」

「まあ。気づいたらここにいたって感じかな。」

「へ?」


 気づいたらここにいた?

 どういうこと?


「あなたのギターにつられてここに来てしまったって感じです。」

「はあ。」

「あ。私、永見夏菜子って言います。あなたは?」

「橋本慶太です。」

「なんか私ばっか喋ってしまって申し訳ないです。あなたの番です。」


 あなたの番って何?

 別に順番待ってるわけじゃないんだけど。

 何か質問すればいいのかな。


「何か音楽はやられてるんですか?」

「まあ。ちょっとだけ。」

「具体的に何を。」

「まあ路上ライブってやつですね。」

「え、すご。」

「全然駄目ですよ。来ても4、5人ぐらいなんで。」

「でもやってるだけでもすごいですよ。」

「いえいえ全然。」

「ちょっとここで歌ってみてくださいよ。」

「ここでですか?」

「はい。」


 我ながら失礼だと思う。出会って数分で歌ってくださいって。

 でも聞いてみたかったから許して欲しい。


「アカペラでですか?」

「いや、リクエストしてくれたら何でも弾きますよ。」

「じゃあちょっとだけ。」


 歌ってくれるんだ。

 てっきり俺をやばい奴扱いしてどっかに行ってしまうかと思ったけど。


 彼女は歌い出した。

 それは想像をはるかに超える美しい歌声だった。


 透き通る声が高架下に響く。


 正直ここまで歌が上手い人は初めてみたと言っても過言ではないだろう。


 一曲歌い終わると彼女はこう言った。


「もう一曲いいですか?」


 まだ歌うんかい。

 でもいくらでも聞いていられる。

 いくらでも歌っていて欲しいかも。


 そして2曲歌い終わった彼女はこう言った。


「久しぶりぶりに歌う歌って気持ちいい!」

「え?」

「まあ色々あるんですよ。」


 深く聞いてみたかったが辞めることにした。

 だってまだ会って初日だし。


 誰にでも悩みってあるんだな。


 そう思うと少しだけ楽になった気がした。

 そして彼女はこう言った。


「これから毎日ここで会いませんか?」

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