もう一度あの高架下で君の歌声が聴けたなら

ひろまる

第1話 絶望の家


「うるせえな。俺が稼いできてるんだから文句言うんじゃねえよ。」

「はあ?そう言うことじゃないわよ。」

 はあ。またか。こんな感じだと今日もギターを弾くことは難しいだろうな。

「わかりました。もう離婚ね。もうあなたとなんかやってられない。」

「こっちのセリフです。」

 ついに離婚か。この毎日うるさい夫婦喧嘩を聞かなくて済むなんて。


 という考えは甘かったみたいだ。

 色々離婚の手続きがあった後、俺はお父さんに引き取られることになった。

 まあそれはそうだろう。

 お父さんの方が安定して稼いでいるのだから。


 しかしお父さんは音楽が大嫌いだったらしい。

 よってギターはまた封印となってしまった。

 意味がわからない。

 あの夫婦喧嘩のとばっちりで禁止されたギターをまだ禁止してくるという悪意のある行動に俺は腹が立った。


 学校でも孤立している俺に今はギターしかないのだ。


 学校では一軍だった。はずだった。

 あれは六月。文化祭の頃だっただろう。

 クラスの帝女と対立した俺は2時間ほど口論を続けた。


 口論は俺が勝った。と思う。

 しかし女子たちの団結力を舐めてはいけない。

 女子は俺を一気に悪者に仕立て上げた。

 女を泣かせたって。


 ありもしないこと。と言ったら半分嘘になる。

 実際口論の相手は泣いてしまったのだから。

 あれぐらいで泣くなら俺に口喧嘩を挑んでくるなと言って威張っていたら、いつのまにかクラスに仲間はいなくなっていた。


 それからというもの。俺は窓側の隅っこで本を読んでいるか寝ている。

 授業は受けるわけない。

 つまらないから。


 でもそんな生活が俺に苦痛を与えているというのはある。

 実際俺はいろんな人と喋りたいし陰キャってやつと一緒にされたくないっていう欲望がある。


 もう叶わないと思うけど。


 でもそんな俺が唯一夢中になっていられる時間がある。

 それがギターだった。


 ギターには魅力を感じる。

 楽器と演奏者が一体となって音色を奏でる。


 俺はそんなところに惹かれた。


 でも今はもう弾いてはいけない。

 そう言われた。から。


 でも…

 家で弾かなければいいのかな。

 そう思ってギターを持って夜の街に繰り出す。


 夜の街なんていつぶりだろうか。

 いや。二十時以降に外に出たことの方が珍しかった。


 初めて見る夜の街は酷かった。


 駅前でスケートボードをする迷惑な若者。

 明らかに未成年の男女グループがタバコを吸っていたりと…。

 一軍がこんな奴らと一緒にされるなら一軍を抜けられてよかったと思うかも。

 でも思わないな。


 でも一歩抜けると人だかりができていた。


「路上ライブ…。」


 まあ俺には関係ない。

 歌は下手だし。

 路上ライブなんてやる予定など一切ない。


 こんなに人の多いところで弾けるわけだないので少し裏道に入った。


 そこで俺はいい場所を見つけた。


 高架下にある公園で近隣も少し離れている。

 これはいい。


 公園のブランコに座ってギターを取り出す。

 ざっと3、4ヶ月ぶりぐらいのギターだ。


 久しぶりっていうのと寒さで手がかじかんでしまっているのが重なってうまく引けない。


 ようやくさまになってきた。

 久しぶりに聴くこの音色。


 この音がずっと恋しかった。


 俺は夢中になって弾き続ける。

 だから気づかなかった。

 誰かがこの公園に近づいていることに。

 そしてその人が隣のブランコに座った気がした。


 俺はびっくりして演奏を止めてしまった。


 彼女は言った。

「続けて。」

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