第21話

 満照が湯切りした焼きそばにソースを掛けていると、なんとも言えない食欲が湧いてきた。このソースの匂いは、有無を言わさずにそれを食べたい気分にさせる最強のソースだと思う。僕は違うカップ麺を選んだけど、満照がその焼きそばを手に取った時点で同じ選択をしておくんだったと少し後悔した。仕方なく僕は自分のキムチラーメンに後入れソースを入れる。これはこれでいい匂いがするんだけどね。

 二人してテーブルに自分の食べるものを運んで、割り箸とおにぎりも持っていく。満照はコップに麦茶を入れてくれた。

「いただきまーす」

 誰にというわけでもないけど、僕は両手を合わせてそう言うのが癖になっているので、相手がカップ麺だろうと同じことをする。よく「律儀」と言われるけど、こんな僕を生かしてくれてるものには感謝しないといけない。

 満照の方から無性に食欲をそそる匂いがするせいか、僕は珍しく早く食べ終わった。いつもはマイペースにもたもた食べるんだけど、匂いと味の違うものを食べるというのも変な感じだ。脳は満照の焼きそばで満たされて、お腹はキムチラーメンとツナマヨおにぎりで膨れている。

「んー、おなかいっぱい」

 ついでに胸もいっぱいになったので、僕はぐんと伸びをする。

 しばらくソース焼きそばの匂いは部屋中に蔓延してたけど、そのうち気にならなくなった。慣れたのか、消えたのか。

「腹が膨れると眠くなるな」

「満照って休みの日は寝てばっかりなの?」

「まぁすることもないし」

 そりゃそうだけどさ。僕もすることがないから、いつも時間を持て余してる。そういう時はだいたいどうでもいいことやくだらないことを考えてるので、いつ誰に中断されても構わないんだけど、妹が入院中の今は誰も僕の邪魔をしない。だから僕は満照のところに避難したんだ。

「寝ちゃう?」

「いや、お前どうせ寝ないだろ?」

「今のところ眠くはないけどね」

「じゃあ俺も起きてるよ」

「眠かったら寝たらいいんだよ? 僕の方から押しかけたんだし、昨日あんまり眠れてないんでしょ?」

「朝ゆっくりだったから大丈夫。お前は放っておくとすぐ消えそうだから、やっぱり寝ない」

 すぐ消えそうってどういう意味だろう? 勝手に帰っちゃうって意味かな?

「過保護だなぁ」

 けれど別に深く追求せずに、僕は満照にそう言った。

「お前には過保護なくらいでないとダメなんだよ」

 真面目に満照が返したので、少し僕はびっくりした。そんなに僕って危なっかしいかなぁ? 死ぬ努力をしてるのがバレてるんだろうか? 満照はなんでもお見通しだから。

 だからと言って僕たちは何かをするでもなく、何を話すでもなく、やっぱりさっきまでのように二人してぼーっとしていた。とても快適なぼんやり感。でもしばらくすると、急に右肩が重くなった。見ると、満照が僕の肩に頭を置いて寝てしまっている。やっぱり眠かったんじゃないか。強がりだなぁ。

 僕はそっと離れてそこにクッションでも挟んでやろうと考えたんだけど、さっきの満照の言葉を思い出して、ちょっと思い留まった。

「お前は放っておくとすぐ消えそうだから」

 意味はわからないけど、多分満照は僕を心配してくれてるんだと思う。満照が目覚めた時に僕がいなくても、別に慌てふためくわけでもなく、普通に家に帰ったと思ってメールでもくれるんだろうけど、なんとなく今日はここにいようと思った。

 あんまり脳みそは入ってなさそうなのに、僕より体格がいいせいか、思ったより中身が詰まってるのか、意外と満照の頭は重くて肩が辛かったんだけど、気が付いたら僕も寝ていたみたいで、右肩が軽くなった勢いで僕も目が覚めた。

「ああ、悪かったな」

「いいよ。僕はここにいるでしょ?」

「そうだな」

 どこか安心したように言って、少し満照は笑顔を見せた。

「食って寝てばっかりだったな」

「楽しかったよ?」

「そうか」

 そう言って、僕は夕飯のために自宅へ戻った。相変わらず母親が温め直すだけで済む料理を作っておいてくれたので、シャワーを浴びてから僕はそれを食べる。父親は今日も運転手だから、二人が帰るのはもう少し先になるんだろう。安らかな日曜日だった。

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