第44話
一週間後、ブレイズとライは仲介所へと来ていた。ブレイズはこの一週間ライに徹底的にしごかれたため、どこかげっそりとしていた。
「本気でやりすぎだろ、ライ…。」
「怪我は治してやっただろう。体力的にも回復しているから、依頼の遂行に支障はないはずだ。」
「精神的にボロボロだっての…。」
ブレイズがテーブルに突っ伏していると、五人の冒険者がガヤガヤと仲介所に入って来た。その内の金髪の青年が声を掛けてきた。
「おう、お前らも商隊の護衛か?」
「ああ。」
「よろしくな。俺はグレイ。このパーティーのリーダーをしている。」
「オレはライ。こっちはブレイズだ。」
「おう、よろしく頼むぜ。」
そう言うとグレイはニカッと笑って握手してきた。ライとブレイズは素直に握手に応じる。
「あら、良い男じゃない。あたしはテレサよ。」
五人の内、唯一の女性冒険者がライの腕にしなだれかかってきた。亜麻色の髪をかき上げる仕草に、仲間の藍色の髪の男が呆れたように言った。
「テレサ、色目を使うな…。俺はカイルだ。」
「僕はマシュー!よろしくね。」
一番若い少年が元気よく挨拶してきた。腰に銃を下げている。
「……イアンだ。」
最後にガタイが良く大きな盾を持っている青年がぼそりと自己紹介してくる。
「よろしく。」
ブレイズはにっこりと笑って答えた。グレイがライに尋ねる。
「ライとブレイズのランクはどれくらいなんだ?」
「オレがAランク、ブレイズがCランクだ。そっちは?」
ライはそっとテレサの手を外しながら答えた。テレサはちょっと残念そうにしていた。
「俺がA、テレサ、カイル、イアンがB、マシューがCだ。」
「そうか。それなら護衛の指揮はグレイに取ってもらった方が良いだろうな。」
「良いのか?こっちもその方が助かるが…。」
「構わない。ブレイズは護衛の経験が少ないから、オレとしてもそちらのパーティーで指揮してもらった方がフォローに回れるからな。」
「そうか。なら、俺が指揮をとらせてもらうぞ。」
「ああ。頼む。」
「ねえ、そろそろ依頼者が来る頃じゃない?」
マシューが言った後、すぐに仲介所のドアベルが鳴った。見てみると、依頼者と思しき商人らしい恰好をした中年男性が少女と一緒に立っていた。
「こんにちは。皆さんが今回オルドヨークまでの護衛を受けてくれた方々ですか?」
「はい、そうです。俺が今回護衛の指揮をとるグレイです。」
「私は依頼主のボンドです。この子は娘のジャネットです。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
ボンドに紹介されてジャネットが頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします。」
ボンドとジャネットに応える形で全員が頭を下げた。頭を上げると、ジャネットの視線がライに固定されていた。ライはジャネットの視線に気づくと、にこりと笑って見せる。ジャネットの頬がぽっと赤く染まった。
「出た、天然たらし…。」
「何か言ったか、ブレイズ。」
「イイエ、ナニモ。」
「皆さんにはそれぞれ荷馬車に乗って護衛をしてもらいます。うちの荷馬車は三台あるので、それぞれ二、三人ずつ乗ってもらうことになります。」
「お父様、私、良ければこの人と一緒に乗りたいです。」
ジャネットはそう言うとライの腕を掴んだ。反対側にいたテレサがむっとする。
「お兄さん、お名前をお聞きしても?」
「ライ、と言います。」
「ライさん、よろしければ私と一緒の馬車に乗りませんか?」
にっこりとジャネットはライに笑いかける。それを見てボンドは渋い顔をした。
「ジャネット、わがままを言うな。」
「だって、旅の話を聞きたいんだもの。荷馬車には二人ずつ乗ってもらえば十分なんだから、一人私達の馬車に乗ってもらっても良いでしょう?」
「彼にも荷物の護衛を依頼しているんだ。荷馬車に乗ってもらわないと護衛にならないだろう。」
「私達の護衛をしてもらえば良いじゃない。一人くらいこっちに移ってもらっても平気でしょ。」
「しかしだな…。」
「いいじゃない、これくらい。」
「お嬢さん。」
親子喧嘩に発展しそうになった時、ライがジャネットに声を掛けた。
「お嬢さん、申し訳ありませんが、オレは依頼を受けている以上、荷物の護衛をしなければなりません。なので、残念ですが、お嬢さんの馬車には乗れません。」
「そんな~!」
ジャネットは残念そうな叫びをあげた。一方、ボンドはほっと安心したようだった。
「ほら、ジャネット。ライさんもそう言っているし、諦めなさい。」
「それなら、私もライさんと一緒の荷馬車に乗るわ!」
「はい?」
ジャネットは斜め上の解決方法を打ち出してきた。
「そうすれば私は旅の話を聞けるし、ライさんは仕事ができる。一石二鳥じゃない!」
「そうは言われましても、荷馬車はそれほど快適ではないでしょう。」
「大丈夫。私は商人の娘よ。荷馬車くらい乗ったこと何度もあるわ。」
「………。」
ライは困った顔でボンドを見た。ボンドははあ、と深い溜息を吐いた。
「すみません、娘はこうなったら言う事を聞かないのです…。よろしければ一緒の荷馬車に乗せてもらっても良いでしょうか?」
「……わかりました。」
「やったあ!」
ジャネットは嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。いつの間にかお嬢様風の言葉は外れて、ちょっとお転婆な女の子といった言葉遣いになっているのだが、本人は気付いていないようだった。
グレイが声を掛けづらそうにしながらもライに尋ねた。
「あー…。メンバーはどう分ける?ライとブレイズは一緒の荷馬車が良いよな。」
「そうだな。できればそちらからメンバーを一人こっちの荷馬車に乗せてくれた方が良いのだが。」
ライの言葉にテレサはふい、とむくれた様子でそっぽを向き、イアンも視線を逸らした。その様子に呆れながら、カイルが手を上げた。
「グレイとマシューは一緒が良いだろう。なら、俺が一緒に乗るよ。」
「ありがとう。助かる。」
ほっとした様子でグレイが言った。
「では早速、荷馬車の方に移動しましょうか。」
ボンドに声を掛けられ、全員が移動していった。
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