第17話

 翌日。ブレイズとライは依頼の素材を持って、仲介所へと向かっていた。


「フォン達がいたおかげで素材の場所すぐに見つけられたな。」

「ああ。少し見つけにくい薬草もあったから助かった。」

〈えへへ~。どういたしまして!〉


 ことことと小さく音を立てて左腕のモチーフが動いた。


「今は修行を優先させているが、今後旅を続けていくうえでフォン達の森の状況を把握する能力は有力だな。素材収集系の依頼だけでも十分生活して…。」

「退け!」


怒号が聞こえ、ブレイズとライはそちらに振り向いた。見ると、刃物を持った男が店から飛び出してきて、ブレイズ達がいるのとは反対方向へと走り出すところだった。


「強盗だ!」

「きゃあああ!」

「避けろ!」


 あっという間にパニックに陥る人々を他所に、ブレイズは強盗らしき男の後を追った。


「おい、ブレイズ!」


 ライの呼び止める声が聞こえたが、ブレイズはそのまま走った。


「チッ、あのバカ…!」

〈追うか?〉

「頼む、ロベス。オレは憲兵に連絡してから追いかける。」


 すぐさまロベスが現れ、ブレイズが走っていた先に向かって行った。

 一方ブレイズは男の後をひたすらに追いかけていた。つかず離れずの距離を保ちながら、男が逃げていく先を冷静に見ていた。


(段々人気のない方向に向かってるな。さっきの場所からあんまり離れても憲兵達が追い付けないだろうし…。さっさと捕まえるか。)


 ブレイズは走るスピードを速め、腰に下げたホルスターから銃を取り出した。そして、男が細い路地に入ったところで、男の右肩を撃った。


「ぐあっ!」

「捕まえた!」


 ブレイズは男にとびかかり、腕を捕らえると地面に押し倒した。男は必至で抵抗したが、ブレイズに完全に取り押さえられて逃げられないのを悟ると、悪態をついた。


「くそっ!何だよてめえは!」

「通りすがりの旅人だよ。」

「はあ?あの店の関係者じゃねえのに追いかけて来たのかよ。…ったく、勇敢な坊っちゃんに捕まるなんて、俺もツイてねえなあ。」


 そう言うと男は大きくため息をついた。馬鹿にしたその態度に、ブレイズはむっとした。


「…関係ない俺が関わっちゃ悪いかよ。」

「いや、別に?まあ、あんまり正義感を振りかざしてたら近い将来痛い目をみそうだがな。」

「何だと…!」

「まんまと挑発されるな。」


 ごん、とブレイズの脳天に拳骨が落ちた。


「いたっ!何すんだよ。」

「相手を怒らせてその隙に逃げ出そうとするのは賞金首の常套手段だ。覚えておけ。」


そう言って、ライは鞄から縄を取り出し、ステインの腕を拘束した。


「ブレイズ、代われ。」


 ライに言われるまま、ブレイズは男の前からどいた。


「はっ、誰が来たって同じ…。」


 男が鼻で笑った瞬間、ライは男の額を左手で掴んでいた。そのまま、じっと目を合わせる。


「貴様はステインだな。詐欺、窃盗、強盗で指名手配が出ている。」


 淡々と話すライの雰囲気に気圧され、ステインと呼ばれた男は息をのんだ。


「だ、だったら何だって言うんだよ。」

「既に刑務所には五回入ったそうだが、こうしているところを見ると、全く反省していないようだな。」

「反省?馬鹿馬鹿しい!刑務所なんて大人しく過ごしときゃ模範囚としてとっとと出してくれるんだ。」

「…なるほど。悔い改める気はなしか。」


 ライの青い目がステインを射抜いた。


「ロベス。」


 ライの声にロベスが近づいた。その姿を見た瞬間、ステインの表情がひきつった。


「黒犬って、まさかお前『炎獄の死神』セラフィスか!?」

「誰が来ても同じじゃなかったのか?」


 小馬鹿にしたようにライが冷笑した。言外の肯定にステインは慌てて取り繕い始めた。


「おおお、俺が悪かった!反省する、反省するから…!」

「また、口先だけの反省か?オレにそれが通じると思うなよ。」


 ライは冷酷に微笑むと、ステインを掴んだ手に魔力を込めた。


「『裁きの炎』」


 ライが呟いた瞬間、ステインの体は炎に包まれた。


「あぎゃあああああ!」


 ゴロゴロとステインは地面に転がった。ブレイズはその様子に呆気に取られていたが、はっと我に返ってライの腕をつかんだ。


「お、おい!いくら何でもやりすぎだろ!」

「やりすぎ?こいつは犯罪に手を染めて何度も法廷で裁かれていながら、反省のはの字もないクズだぞ。」

「だからって、こんな風に痛めつけるのはただのリンチだろ。」

「法で裁いたところで同じだ。こいつはまた同じことを繰り返す。ここで少し痛い目を見た方がよっぽど更生につながる。」

「少しって…!」

「『裁きの炎』は罪に応じた痛みを与える魔術だ。心の底から悔い改めれば傷みもすぐに消える。……ほら、火が消えてきたぞ。」


 ライの言葉にステインの方を見ると、炎がちろりと揺らめいて消えていくところだった。痛みで気絶したらしいステインに駆け寄ると、ブレイズは脈を取った。指先に触れる感覚に、ほっと息をつく。だが、その様子にライは不快そうな顔をした。


「……犯罪者を心配するなんて、とんだお人好しだな。」

「……罪を犯したからって、何をされても良いわけじゃないだろ。」


 ブレイズの押し殺した声に、ライは冷たい声で返した。


「言っておくが、オレは賞金首相手に容赦しない。自分の身が危なければ相手を殺すこともある。それを容認できないなら、付いてくるな。」


 しばらくの間、二人は睨みあっていたが、ライは興味を失ったように目をそらした。ブレイズもライから目を外し、しばらくの間気まずい雰囲気が漂った。


「……ブレイズ。」


 ライに呼びかけられてブレイズが振り向くと、素材の入った袋が飛んできた。ブレイズは反射的にキャッチする。


「何?」

「さっきの仲介所で素材を渡してこい。オレはステインの引き渡しに行ってくる。」

「…わかった。」


 ブレイズはそそくさと仲介所に向かった。


◇◇◇◇◇


 仲介所は相変わらず酒の匂いが漂い、暇そうにしている男たちがいた。受付の女性に素材を渡して報酬を受け取り、出ようとしたところでブレイズは入ってきた人物にぶつかった。


「いたっ!」

「うわ、悪い!…って、ブレイズ?」

「え、あれ?セドリック?」


 ぶつかった人物が見知った顔だったことにブレイズは驚いた。


「何でセドリックがここに?」

「いや、俺は『ブラック・スネーク』の賞金を預けに来たんだよ。先生の所にたまたま泊まってた冒険者とお前で捕まえたんだろ?ここの仲介所で受け取るように申し送りがあったからな。」

「ああ、そっか。ライへの賞金か。」

「ブレイズこそ何でここに?」

「俺、旅に出ることになったんだ。」

「はあ!?旅?お前が?どうして?騎士見習いは辞めるのかよ?」


 セドリックは目を丸くして尋ねたが、理由を伝えても良いものか迷ったブレイズは誤魔化すことにした。


「あ~…色々と事情があって、ちょっと修行に出ることになったんだ。」

「色々って具体的には言えないのか?それに修行って、今更何の修行をするつもりなんだよ。そもそも、先生やフェアリは納得してんだろうな?」

「事情とか何の修行かとかは言えないけど、ゲンじいも姉さんも許してくれたよ。それに、ライに護衛も依頼してるし。」

「…ライって、『ブラック・スネーク』を捕まえた、ライ・セラフィスのことか?」

「ああ。」


 セドリックは絶句した。


「……お前、正気か?」

「え、何のこと?」

「知ってるだろ?セラフィスの噂…って、その顔は知らなかったみたいだな。ちょっと座れ。説明するから。」


 セドリックはため息をつくと、疑問符をいっぱい浮かべているブレイズを椅子に座らせた。


「賞金稼ぎのライ・セラフィスと言えば、『炎獄の死神』っていう二つ名で犯罪者共に恐れられている存在なんだ。」

「『炎獄の死神』?」

「ああ。元々『炎獄の死神』ってのは二十年ほど前に活躍してた賞金稼ぎの魔術師――アルバート・セラフィスにつけられた呼び名だ。そいつは炎を操る犬を連れていて、犯罪者を追い詰めて半殺しの状態で軍に引き渡してたことからそう呼ばれてたらしい。賞金首どもからも『炎獄の死神』に捕まるくらいならとっとと牢屋に入れられたがマシだって恐れられていたんだと。

だけど、今から十年以上前、その『死神』がドラル=ゴアっていう王国の国王とその妃を殺して、国王の子供を誘拐したんだよ。まあ、五年くらい前に王国の騎士団が居場所を突き止めたけど、その時に『死神』は死んで、子供も遺体で見つかったって話だった。」


セドリックの話にブレイズは首を傾げた。


「そんなもう終わった話が、どうしてライにつながるんだ?」

「セラフィスって名前が同じなのに加えて、魔術師で、賞金首を半殺しになるまで痛めつけたり、不気味な黒犬を連れてたりと、かつての『死神』と似ている点が多いんだ。昔の『死神』を知る賞金稼ぎや犯罪者の間じゃ、死んだはずの『死神』が蘇ったって噂になってるらしい。」

「蘇るなんて、そんな馬鹿な話ないだろ?」

「でも、魔術師なら出来るんじゃないのか?」

「!」


 思いがけない言葉に、ブレイズは驚いた。


「このあたりの国には魔術師がいないから、俺も詳しくはわからないけどさ。魔術を使えば死者を蘇らせることも可能だって聞いたし。」

「出来るかどうかはわからないけど…。普通、昔の『炎獄の死神』をライが真似してるだけって考えるのが妥当じゃないか?他にも『死神』の子供だとか…。」

「わざわざ犯罪者を模倣する理由はないだろ。賞金稼ぎとして名前を売るためだとしても、昔の『死神』とのつながりを変に疑われるデメリットを考えれば割に合わない。それに、『死神』に子供はいないぞ。大きな事件だったから、当時の『死神』の血縁者や知人は徹底的に調べられたらしいからな。」

「………。」

「とにかく、セラフィスは不気味な噂があるから近づくな。旅の護衛なら別のやつに頼めば良いだろ?」

「そうは言っても…。」

「おい、こんなところで何油を売っている。」

「!」


 背後からかけられた声にブレイズとセドリックが驚いて振り向くと、不機嫌そうな顔をしたライが立っていた。

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