第16話

 しばらくの後、ブレイズとライは森の中へと来ていた。


「修行ってここでするのか?」

「ああ。」


 少し開けた場所で二人は立ち止った。


「じゃあブレイズ、フォン達を呼び出してくれ。」

「呼び出すって、どうやって?」

「使い魔の器となっているもの―――フォン達の場合はブレスレットのモチーフに触れながら、それぞれの名前を呼んで、出てくるように命じれば良い。」


 言われるまま、ブレイズはブレスレットのモチーフに触れた。


「フォン、レスタ、トア、出てきてくれ。」

〈はーい!〉


 元気な声と共に、三人が姿を現した。


「それじゃ、三人に魔力を与えてくれ。」

「え、修行ってそれなのか?魔力をあげるのなら、今までもやってたけど…?」


 ブレイズの質問にレスタが答えた。


〈違うぞ、ブレイズ。今までは俺達がブレイズの魔力を引っ張り出す形でもらっていたんだ。それをブレイズが意識して与えるようにするんだよ。〉

「俺が、意識して…?」

「魔術を使うには、自分の中にある魔力を意識できないと始まらない。ブレイズはまだその感覚がわかっていないだろう?」

「ああ。」

「そこで、最初に必要になるのが自分の中にある魔力の感覚を掴むこと。使い魔に魔力を与えることで、自身の魔力の存在と流れを把握するための修行だ。」

〈まあ、まずはいつも通り俺達がブレイズの魔力をもらうから、普段と何か違う感覚がないか集中してみればいいさ。〉


 レスタに言われて、ブレイズは三兄弟を腕の中に抱えて座った。しばらくすると、くいっと何かが引っ張られるような感覚がした。


「?何か、いつもと違うような…。」

「体から、魔力がフォン達に流れているんだ。まずは腕に流れている魔力の感覚を見つけてみろ。」


 ブレイズは引っ張られた感覚を逃さないようにと、目を閉じて集中した。しばらくの後、とくとく、と血液のように腕からフォン達に流れているものを感じた。


「この、流れているのが魔力か?」

「掴んだようだな。そのまま、腕から肩、胸、腹、脚、頭と順に意識を向けて、魔力が全身を流れている感覚を見つけるんだ。」

「わかった。やってみる。」


 ブレイズは腕から感じる魔力の流れをたどり始めた。魔力の流れをたどっていくうち、細かった流れが次第に太くなり、また細くなったりしながら全身をめぐっているのがわかった。


「これが、魔力…。」

「わかったな。それなら、自分で意識してフォン達に魔力を与えてみろ。つながっている部分の流れを少しずつ太くするイメージを浮かべれば良い。あまり多く流しすぎると使い魔の方で受け取れなくて魔力がはじけるから、注意しろよ。」


 太くするイメージ、と呟きながら、ブレイズは腕から感じる流れを太くしようとしてみた。その瞬間、バチンと大きな音がして、腕に衝撃が走った。


「いっ!」

〈いった~い‼〉


 悲鳴と共にトアが泣き始めた。フォンやレスタもブレイズの腕の中で痛みに悶えていた。


「ごめん!皆、痛かったな。」

〈少しずつって言われたろ!最初っからいきなり多く流そうとするなよ!〉

「悪かったって!次は少しずつやってみるから…。」


 怒るレスタをなだめながら、ブレイズは再度魔力の流れを意識してみた。


「ううん…。こう、か?」

〈さっきより少なくなったけど、もっと抑えて…!〉

「も、もっと?」

〈あ、今度は少なすぎ。もう少し多くて良いぞ。〉

「少し、多く…!」


 バチン!


「うあ!」

〈いたい~!〉

〈ブレイズの下手くそ!〉

「下手くそって仕方ないだろ!初めてなんだから。」


 ぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めたブレイズとレスタを見て、ライは呆れたように呟いた。


「これは時間がかかりそうだな……。」


◇◇◇◇◇


 一時間ほど時間が経った後。ブレイズとフォン達はへとへとになっていた。


「こんなに難しいなんて…!」

〈魔力もらいすぎで、苦しいとか、初めて…。〉

〈お、俺吐きそう……。〉

〈ふええ~…。〉


 ふむ、とライは口元に手を当ててその様子を眺めていた。


「まあ、今日は魔力の存在と流れを認識できただけで十分、ということにしておくか。」

「これ、また明日もやるのか…?」

「ああ。魔力量をコントロールできるようにならないと、魔術そのものの制御もできないからな。フォン達に流す魔力量をイメージ通りに、適切な量を流せるようにするのが当面の目標だ。」


 ライの言葉に、ブレイズはぐったりしながら尋ねた。


「魔力量のコントロールってそんなに大事なのか?ある程度大雑把でもいいんじゃねえの?」

「だめだ。魔力量によって魔術の規模も変わってくるから、魔力量のコントロールは初歩中の初歩だ。…重要性がわかりにくいなら、例を見せるか。」


 そう言うと、ライは人差し指を一本立てて目の前にかざした。


「『ファイア』」


 ぼうっと小さな音を立てて蝋燭ほどの大きさの火がライの指に灯った。


「これは属性魔術の一つで、火属性の魔物からの魔力をそのまま実体化させたものだ。オレの場合は、ロベスの魔力をほんの少しだけもらって展開している。ここから、魔力量を十倍にする。」


 火がぼわっと膨らみ、手の平に乗るくらいの大きさになった。


「次に百倍。」


 ライが言った瞬間、火がぼんっと暴発したかのように音を立て、ブレイズの目の前まで迫ってきた。


「うわっ!」


 だが、一瞬で火は消え、ライの手には最初に見せた小さな火が乗っているだけだった。


「こういう風に、魔力量の多い・少ないで魔術の規模は変わってくる。多すぎる魔力を注げば魔術の暴走につながるし、少なければそもそも魔術を展開できない。理解できたか?」

「……はい。」

「なら良い。今日はこれくらいにして、依頼の素材回収に行くぞ。」


 そう言ってライは足元に置いていた自分の鞄を背負った。ブレイズものろのろとフォン達を抱きかかえて立ち上がったが、ふと、先ほどの魔術を思い出して疑問が浮かんだ。


「なあ、さっきの火の魔術はライがロベスから魔力をもらってやったんだよな。俺がフォン達から魔力をもらって魔術をやる場合でも、あんな風に火とか出せるのか?」

〈それは無理だよ。僕たちは樹の魔物だから、火の属性の魔術は展開できないんだ。〉


 フォンの言葉にブレイズは首を傾げた。


「何でだ?」

「魔力には属性があるからだ。」


 そう言ってライは説明を始めた。


「魔力は生命エネルギーだということは知っているな。生命エネルギーはその個体の特徴を強く反映している。魔物の場合、火の魔物なら火属性の魔力を、樹の魔物なら水と土の属性の魔力を持っている。基本的な属性は、火、水、風、土、光、闇の六属性で、使える魔術もその属性と同じだ。人間の場合も同じで、持っている魔力にそれぞれ属性があり、使える魔術にも適性がある。魔術師と魔物が契約する場合、この属性が同じでないと魔力のやりとりが上手くできない。」

「なら、俺がフォン達の魔力を使って魔術を展開すると、樹の魔術になるのか?」

〈そうだよ。僕たち樹の魔物は水と土の属性の魔力を持ってるから、それを同時に使って樹の魔術を展開させるんだ。〉

〈ブレイズの魔力コントロールが上手く出来る様になれば、水と土、それぞれの属性の魔術も使えるようになるはずだぞ。〉

「へえ。」

「ちょうど良い機会だから、ブレイズの魔力属性も見ておくか。」

 

ライは自分の鞄をごそごそと探り出し、小袋を取り出した。袋の紐をほどくと、コロンとカットされた水晶が出てきた。


「水晶?これを使うのか?」

「ああ。水晶は魔術でよく使われる鉱物だが、その使い道の一つに魔力属性の診断がある。方法は、水晶に魔力を流し、その時の色で魔力属性を判別するやり方だ。」


 そう言うとライは水晶に手をかざし、魔力を込めた。魔力が水晶に伝わった瞬間、鮮やかな赤と吸い込まれそうな黒がグラデーションになって水晶に現れた。ブレイズはその輝きに目を奪われた。


「綺麗だな。」

「オレの場合は、赤と黒、つまり火と闇の属性の魔力があることがわかる。この他の属性の場合、青は水属性、緑は風属性、茶色は土属性、白は光属性で診断される。」


 ライが水晶から手をどけると、水晶はすぐに無色透明に戻った。


「ブレイズは既に樹の魔物であるフォン達と契約できているから、おそらく水と土の属性があると思うが…。やってみろ。」


 ライから水晶を手渡され、ブレイズは同じように水晶に手をかざし、魔力を込めてみた。その瞬間、水晶は真っ黒に染まった。


「え?これって闇属性の魔力があるってことなのか?」


 ブレイズが呟くと、今度は眩しいほどの白色に変わった。


「あれ?今度は白?」


 言っているうちにも水晶はまた黒色に戻る。その後何度か白色と黒色に変わった時、ライが言った。


「魔力が多すぎる。もっと絞ってみろ。」

「また多いのかよ~!」


 もう何度も受けた指摘にうんざりしつつ、ブレイズは魔力を絞り始めた。すると、白と黒を行き来していた水晶の色が安定し始めた。現れてきたその色に、ライは目を見開いた。


「これは……!」


 水晶の中には様々な色が浮かび、魔力の流れに従ってゆっくりと渦を巻いていた。ブレイズは万華鏡のようなその光景に見入った。


「すげぇ…。なあ、これって。」


 ブレイズが気を抜いた瞬間、バチン!と大きな音を立てて手元で魔力が溢れた。


「いてっ!」


 魔力がなくなり、水晶からはあっという間に色が消えていった。ブレイズが痛みにうめいている間、ライはしばらく呆然としていたが、その後額を押さえてうなった。


「……まさか、全属性の魔力持ちとは…。」

「やっぱり全属性!?でも、全属性の魔力ってそんなに珍しいのか?」


 ブレイズの疑問に、ライは恨めしそうな視線を向けた。


「普通魔力属性は一種類、多くても二、三種類といったところだ。全属性の魔力を持つ魔術師など、聞いたこともない。」


 そう言うとライは深くため息をついた。


「金髪赤眼の言い伝えに、全属性への魔力適性とは…。本当におとぎ話のレベルだな。」

「おとぎ話?」

「創世神話の一つだ。大昔、この世界が作られたばかりの頃、魔物は魔力を得るためにこの世界の生物を見境なく襲っていた。だが、強力な魔力を持った一人の魔術師が魔物を調伏して契約し、魔物達を次々と従えてこの世界に平穏をもたらした、というあらすじの話だ。」

「へえ。そんな話があるんだ。」

「一般的には主人公が魔術師ではなく勇者や賢者といった形で語り継がれていることも多い。ただのおとぎ話として知られているが、魔術師達の間ではこの話に登場する魔術師は実在したんじゃないかと考えられている。魔術師と魔物の契約を最初に作った魔術師がモデルだと。で、その魔術師は金髪赤眼で、魔力量が上位の魔物と同じ程もあって、魔力属性も全てあった、と言い伝えられている。」


 ライの話に、ブレイズは口角が引きつった。


「それって、まんま今の俺じゃん…。」

「だから呆れたんだ。魔力量はともかく、魔力属性のことまで執行官どもに知られたら、今以上に付け狙われるぞ。」

「う…、気を付ける。」


 ブレイズが頷いたのを見て、ライは立ち上がった。


「よし、今日の修行はこれくらいにして、素材収集の依頼を済ませるぞ。」


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