第2話 孤児院①
光が脳まで染み入ってくる感覚が、さっと抜けていく。
レイズエルとイザリヤが転生するのは孤児院の孤児だと、脳内にスターマインドのアナウンスがあった。
2人が現れたのは、孤児院の中庭でも建物がコの字になっている、やや奥まった空間だった。とりあえず人はいないようだが、昼間だ。
イザリヤは慌てて、持っていた「血の麦」を嚥下し『定命回帰』を発動する。
イザリヤのバラ輝石のような瞳はサファイアのような青い宝石をイメージさせるものになり、肌にも赤みがさした。
それを終えると、余裕が出たので2人で身なりをチェックする。
2人ともおそろいの、シンプルな麻の白いワンピースだった。
そして年のころは7~8歳、2人共大変に可愛らしい。
2人がお互いに抱いた感想は可愛いな、だったが言わぬが花であろう。
気温は寒くはない。多分春か秋なのだろう。
持ち物は何もなく、例外ははレイズエルのマントぐらいだ。
「不可知化」
孤児院では多分目立つと考えて、マントに指令を出すレイズエル。
ちなみにこの指令ではMPは消費されない。
マントはすうっと消え失せた―――ように見える。
実はレイズエルはマントを着たままだが、外からは全く分からない。
一つうなずいたイザリヤはレイズエルを急かす。
「いつ、誰か来るかもしれない。とりあえず能力鑑定を」
魔法に関してはマザー宇宙の共通体系だと、スターマインドから聞いている。
なので、レイズエルはイザリヤにうなずいた。
「了解。現在MPが分からないから、倒れたりしないように一般人のMPでもかけられる簡易鑑定をかけるよ『下級:無属性魔法:簡易鑑定 ×2』」
結果―――
名前:レイズエル
Lv:0 種族:超越者
HP:100/100 MP:90/100
イザリヤ
Lv:0 種族:吸血鬼の祖
HP:100/100 MP:100/100
「HPとMPが低すぎるな………あと種族は他人に見られたらちょっとまずい」
「『教え:隠蔽:鑑定欺瞞』を常にかけておくべきでしょうね」
「そうだな、定命回帰したあとでも『教え』は使えるのだし」
頷き合って、与えられた部屋―――記憶に刷り込まれていた―――に帰ろうとしたところに、乱入者が。
「あー!レイにイザリヤ!こんな所にいたんだ!?」
赤毛の、ミロという名の12歳の少女だ。
明るい性格で、誰にでも分け隔てなく接する可愛い少女である。
「今、みんなで湖で泳いでるんだよー!2人も来ない!?」
「(えー、私は遠慮したいけどな―――)」
「(気持ちよさそうじゃないか、行こう、レイ。一応泳げるんだろう?)」
「(浮くだけなら………)」
「(上等だ、じゃあ、行こう)」
「(仕方ない。いいよ。私は泳がずに子供達から情報収集するから………)」
こそこそ話のあと、二人はミロにすぐに行くから先に行っててと返事をした。
湖の場所は、ミロが走り去って言った方向で何となく見当はつく。
湖に行く前に確認しておく事が一つある。
「亜空間収納」が使えるのかどうかだ。
亜空間収納とは、亜空間に魔力で収納庫を作るもので、ほぼ無制限の容量を誇る。
結論から言うと、作れる。
が、魔界で使っていたのとは別のまっさらな収納しか使えないというものだった。
まあそれでも使えるのならと、レイズエルはイザリヤに血の麦の瓶を渡した。
イザリヤはそれを自分の新たな亜空間収納にしまい込んだ。
さて、ミロとの約束通り、二人は湖にやってきた。
イザリヤは湖に飛び込み、本気で水泳を満喫しだしたがレイズエルは違う。
岸辺に休憩で横たわっている子供達から情報収集するのだ。
ほぼすべての子供たちがここに集まっているのだろう。人数は多い。
幸いスターマインドのサービスだろう、子供たちのデータは頭の中にある。
その中から情報収集の相手は、孤児院でガキ大将であるるらしいザックを選んだ。
彼は足を怪我していて、水泳には参加していなかったのだ。
年のころは11歳ぐらい。栗毛の少年だ。
「ねえ、ザック」
何だよ―――と応じたザックが顔を赤らめて目を逸らす。
レイズエルは美少女すぎるのだ。
子供だからだろう、これでもザックの反応はマシな方だ。
レイズエルは気にせず―――これぐらいで気にしていたら日常生活に支障を生じるのだ―――話しかける。
「わたしとイザリヤって、ここに来て何年になるんだっけ?」
「ばっか、お前それぐらい自分で覚えとけよ。2年だろ?」
「もうそんなになるんだね」
「そうだよ。その日はご馳走だったから覚えてるぜ」
「ああ………そうだったね(もちろん覚えてない)」
「新しいメンバーが来ると、ご馳走になるよな。でも当分ないって話だぜ」
「え、なんで?」
聞いてもらいたかったのだろう、偉そうに胸を逸らしてザックは言う。
「孤児院の定員が20人だからさ。アリシャで定員いっぱいだ」
アリシャは6歳の女の子で最年少。
肩までの金髪が美しい青い目の少女だ。
「そうなんだ、ザックは何でも知ってて偉いね」
「先生たちの方がいろいろ知ってるんだろうけど。あ、分かってるだろうけど先生にはあんまり近付くなよ!俺に分かる事だったら俺に聞けよ!?」
「もちろんだよ、ザックに聞くよ」
レイズエルの『勘』がそうしろと告げるのだ。
もちろんただの勘ではない。
レイズエルの『勘』は、予感、直感、第六感を合わせたようなものであり、まず外れる事はない。
だからレイズエルは『勘』で話しかける相手をザックに決めたのだ。
「私もザックと話したいし」
さらっとそう言っておく。ザックが目に見えて赤くなった。
かわいいなあ、と思いつつ、レイズエルは質問を再開した。
気になるのは何で先生に近寄るなと言っているかなどだ。
結局、ザックからこの世界の話などを入手したレイズエルは、湖から上がってきたイザリヤと合流した。
「明日は全員で草むしりだとさ」
とは、イザリヤが子供達から入手してきた情報だ。
最近になってから、先生が予定表なるものを食堂に貼り出しており、今日は週に一度の休みの日―――昼間が自由時間―――だったらしい。
ザックも知ってて当然だと思っていたからか、レイズエルは聞いていなかった。
「孤児院の草むしりね………20人もいるんじゃすぐ終わるね」
「いや、それが村人たちの畑の草むしりをやるそうだ。2日に分けて予定が入っているとか。かなりハードだぞ」
「私たちの年齢を考えると憂鬱になる情報だね………私、体力に自信ないよ」
早々に嫌になってきたねと二人で呟きながら、食堂の方へ歩き出す。
レイズエルがザックから聞いた情報は、部屋に帰ってから話す事にした。
食堂の雰囲気は最悪だった。
しーんと静まり返った空気の中、皆が黙々と食事をする。
大人たち―――この孤児院の管理人2人―――は平たい棒をパシパシと手に打ち付けながら、子供たちの後ろをゆっくりと巡っている。
レイズエルは改めて「破壊の蛇」を脳内でののしりつつ、手際よく食事をすます。
―――そして食べるのが遅かった者が、棒で背中をしたたかに打たれる。
最年少のアリシャだ。
レイズエルは立ち上がりかけたイザリヤを片手で止める。
「(状況がほとんど分からない今動くべきじゃない。もう少し調べないと)」
「(ちっ………)」
レイズエルとイザリヤは何事もなかったかのように食事をとる。
アリシャの一件でびくついていた他の子供達も何人か打たれて、イザリヤが切れかかったが、レイズエルが何とか宥める。
イザリヤは昼間にみんなと遊んだから仲間意識ができていたのだろう。
それにイザリヤは魔界にいた時から人間やモンスターと親しかった。
そうでなければ、悪魔が人間のために切れるなんてありえなかっただろう。
実際レイズエルは人間に優しい方だが、冷静なままだったのだから。
そして、寒々しい空気のまま夕食は終わった。
みんなお喋りはせず―――怒られるのだろう、多分―――部屋に帰っていく。
レイズエルとイザリヤの部屋。
「何なんだあの大人たちは!?」
「ザックが先生に近寄るなと言った理由がわかるね」
「そうなのか?」
レイズエルはイザリヤを宥めながら昼間にザックから受け取った情報を話す。
「先生たち―――2人だけらしい―――は最近になって奉仕活動をみんなにできるギリギリの量に引き上げたり、ノルマをこなせない者や、集団の輪を乱す―――食べるのが遅いのもこれに当たるみたい―――者に体罰を与えるようになったらしいよ。質問なんかには以前は普通に答えてくれてたみたいだけど、最近質問するだけで「何でそんなことも分からないんだ!」って殴られるらしいね」
「最悪だな………放置しておくのか?」
「彼女がどこまでやるかだね」
「ああ、食事の時に見たあいつ………先に来ていたしな。しばらく我慢してやるか」
彼女とは、食事の時に姿を現した少女の姿をした悪魔だ。
2人と違い、自由意思でこの星に来たのだろう。
レイズエルとイザリヤにとっては一応は同族である。
彼女はおそらく強欲の悪魔―――その中でも権魔という悪魔に属する悪魔だろう。
2人の大人に関しては十中八九彼女が影響を与えているだろう。
悪魔は存在するだけで狙った獲物に悪影響を及ぼす事ができるのだ。
下手をしたら子供達にも影響が及んでいるかもしれない。
彼女については明日以降に情報収集を試みることとする。
「さて、大人たちの事は置いといて………イザリヤはどんな情報をゲットできた?」
「ああ………情報収集目的だったわけじゃなかったから少ないが、部屋に時計があるだろう?あれで8時が寝る時間だ。見回りが来る。今7時半だな」
「確かに、それで?」
「起きるのは7時だったが最近6時になった。遅れると怒られる。朝、顔を洗おうと思うなら5時半には起きなきゃダメだ」
「うん」
「あとは、丁度今の時間帯、お湯が沸かされる。湯を沸かすのは当番制だ。食堂に当番の名前を書いた板が吊るされるからそれで判断するそうだ。各自タオルをもって1階の清拭室に集合、体や顔を拭く。風呂はないがこの規模の孤児院としては十分なんじゃないか?わたしの情報はこんな所だ」
「なるほどね―――イザリヤ、遊んでたにしては情報収集したじゃない」
「一応話を聞こうとはしたさ。私を何だと思ってるんだ」
「おこさま」
「お前な」
「冗談冗談。あんたは油断できない老獪な吸血鬼だよ」
「お子様な面もある?」
「古い友人である私にそれを聞くかなー?」
「………もういい、水浴びは楽しかった」
レイズエルは、あ、諦めたと思いつつ忍び笑いする。
「私の方の情報は………時間から考えてベッドの中で話そうか」
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