帰還への道標・2
フランチェスカ
序章
第1話 旅の始まりは唐突に
ソアレという名の、黒曜石でできた女性の彫像の如き姿の女は、編み物をする。
普通の編み物ではない。編んでいるのはどす黒い策謀だ。
策謀を仕掛ける対象は「
レイズエルという女は腰までの艶やかな黒髪、メタリックレッドの瞳に、アラバスターの肌。
どこからどう見ても絶世の美女、いや、それを超えると言えるであろう女だ。
レイズエルには、多数の同胞が絶え間なく策謀を仕掛け、あえなく無効化されている。大半の者とはレイズエルの能力の桁が違うためだ。
「
レイズエルは常にこちらの干渉を防ぐ結界を張っている。
今回のソアレの編み上げた策謀も、多分無効化されるだろう。
と、いうか実際、何度も弾かれた経験がある。
それでも何回も干渉する。
ソアレの種族が執念深いのも理由だが、それ以上に飽和攻撃の前に、何千年かに1度ぐらいは、干渉が成功する事を知っているからだ。
会議で決まった策謀の内容はささやか?だ。
どこか別の星に、弱体化させたうえで送り込み、所定の条件を満たさないと帰って来れない、というもの。
即死攻撃とか直接攻撃に対しては、また別の結界があり、飽和させるだけ仕掛けること自体が無理なので、仕掛けるだけ無駄だ。
攻撃の前段階で防がれてしまうのでどうしようもない、と彼らは学習していた。
なので、少しでも通じる可能性にかけて干渉―――攻撃を続ける。
あの手この手で策謀を仕掛けることによって、対応できない個所が出てくるのだ。
それでもレイズエルは『時戻り』をして帰ってくるので、彼女の時間戻し効率を考えると、何千年かどこかに封印しても、稼げる時間はほんの2・3日。
それでもソアレと仲間がどこかひとつの星に彼女を封印しようと策謀の絨毯爆撃をするのは、2・3日でもメリットがあるからだ。
その時間をひねり出すために策謀を練るのだ。
ソアレの属する種族は「破壊の蛇」という。
かつてはこの「マザー宇宙」でマザー(世界の意思)のバランスを取る「調律の蛇」と呼ばれていたが、宇宙が―――即ちマザーが老いるのに従って、病巣に変化した。
今ではマザー宇宙を壊そうと動く「破壊の蛇」になったのだ。
「破壊の蛇」は増殖する。
世界を憎んだ者が「破壊の蛇」になる。
ソアレも世界を憎んだあの時、仲間にならないかと誘惑を受け―――
ソアレは誘惑を受け入れた。
そして一度死んで以降「破壊の蛇」として復活し、活動している。
全ての+の感情を失った化け物として。
世界の破壊のためにレイズエルは邪魔だ―――
まさに
ソアレは編んだ布を、苛立ちのまま投げつけるように、レイズエルに放り投げる。
すると、それはレイズエルの防御結界に激突し―――ほんのわずかな割れ目から中に入った。策謀の網がレイズエルに直撃する。
「やった………!?」
やったかどうかは、レイズエルが転移したことではっきりした。
他に策謀を編んでいた者たちの嫉妬まじりの賞賛が心地いい。
ざまあみろ、邪魔者。
帰って来るのは時戻りで2・3日後でも、飛ばされた場所で過ごすのは何十年にもなるはず。その間もどかしい思いを抱え続けるんだな!
「ふ、ふふふふふ」
ソアレに喜びの感情は失われてもはやない。
が、ざまあみろという思いが笑いを呼び起こした。
それは嘲笑であった。
♦♦♦
その時レイズエルは、魔界の拠点で書類仕事の最中だった。
それなのに視界が暗転したかと思ったら、全てが白い大理石―――のようなもの―――でできた神殿っぽい部屋に転移させられていた。
もちろん寝ボケて転移魔法を発動させたという事もない。
これは………またか。
それが正直な思いである。
レイズエルのフルネームはレイズエル=ライラック=リリス。
最上級の絹のような黒い髪はまっすぐで膝までのびている。
瞳はメタリックレッドで蠱惑的だ。
肌は雪花石膏のごとく、顔立ちは神の采配の美貌というにふさわしい。
服装は、宮廷に出ていない時は気取ったものではない。
上衣は柔らかそうな黒い綿の長袖ハイネック、下衣は同色のズボン、深紅のショールをマフラーのようにしている。
魔界という巨大惑星の王「第6代魔帝」の第四王子の妻。
地位がなくても、単身で魔界で最高峰の美貌と力を誇る者。
種族は悪魔ではないが、第1代魔帝の御代に、魔界に悪魔として身を置かないか、とスカウトされてそれを受諾した身であった。
つまり、とても長い時を魔界で過ごしてきたのだ。
今の種族は
「破壊の蛇」の策謀にはレイズエルも何千年かに一度などという短いスパン(レイズエルの感覚では)で引っかかる。
なので、私の結界に欠点でもあるのだろうか、とも以前思ってチェックしたのだが、特に欠点はなかった。
何度も改良したが、結局は物量で押し切られ、ポロリと侵入を許してしまうのだ。
レイズエルは、私も全能ではないのだ、とこぼす。
今回も「破壊の蛇」の陰謀だろう。今度はどこにどういう風に飛ばされたやら。
飛ばされた場所は、円形に白い石の椅子のしつらえられた広い部屋だった。
ぐるっと部屋を見回す。
すると、予想通り知った顔があった。
「破壊の蛇」はレイズエルの足を引っ張る者を必ず巻き込む。
それもレイズエルが見捨てられない者ばかり。
ただ今回の同行者は、お荷物でも足を引っ張る者でもないようだが―――
「―――イザリヤ!?」
「うーん………眩しい。私は地中で眠っていたはずだぞ。ここはどこだ?元凶はお前か、レイ?」
レイを愛称で呼んだ少女は、膝まである輝く金糸のような金髪、バラ輝石のような瞳、アラバスターのような白い肌。年のころは12~13だ。
服装はレースを多用したピンクのドレス。
口元からのぞく牙が種族を特定―――ヴァンパイア―――する。
魔界に所属する悪魔でもあり、今代のベヒーモス、7大魔王である。
レイズエルと同様、魔界にスカウトされてきた、悪魔ではない古い種族だった。
とりあえず身分のある人物でヴァンパイアだと覚えておけば十分だろう。
「ごめん、巻き込んだみたいだね」
簡単に説明すると、イザリヤは嫌な顔はしたもののが「構わん」と言った。
自分も「破壊の蛇」に敵対しているからという理由だ。
「起きられたようですね」
高い、澄んだ声が聞こえた。
その発生源は、どこからともなく現れた燐光を放つ、水でできたような女性。
人間にとってはだが、神聖な雰囲気を発している。
「お前がこの星のスターマインド(星の意思)か?」
イザリヤがぶっきらぼうに誰何する。
「そうです、私の下に世界を運営する神々がいます」
「今の状況は「破壊の蛇」に強制されたもの?」
レイズエルの問いかけに、スターマインドは無念そうな表情と言葉で答えた。
「そうです。私の力ではとても逆らえません。お二方の魂は無理やりこの星「エリヤル」の転生の輪に押し込まれました。転生先も決められています」
レイズエルとイザリヤは戦女神レテンマを奉ずるセタンマリー王国の孤児院に入る事になるという。年齢設定は7歳。HP・MPもそれに見合ったものになるという。
さすがにそれ以外の能力は下げられなかったらしいが―――
完璧な嫌がらせである。
HP・MPはレベルアップするにつれて戻るとはいうことだが………。
転生したら真っ先に能力鑑定を行うべきだろう。
スターマインドからは国の事なども一応聞きだすべきだろう。
すると世界は8聖といわれる国家で牛耳られているという。
細かい事は話せないが、レイズエルとイザリヤの転生する先は、戦女神レテンマを奉ずるセタンマリー王国に所属する村だそうだ。
他の国の事も含め、細かい事は喋れないので、現地で情報収集してくれとの事。
スターマインドはせめても、と大陸や島の輪郭だけが描かれている地図を渡してくれた。レイズエルとイザリヤの転生する孤児院の場所に×印がしてある。
これ以上は自分で調べて書き込めという事だろう。
有難くもらっておく事にした。
「孤児院に転生する年齢は答えられる?あと種族は?」
「7歳です。種族はお二方と本質に近いものになると思います」
「なら私は
「私は恐らくヴァンパイアだな。………レイズエル『定命回帰』を継続できる方法を教えてくれ。ヴァンパイアのままでは太陽の下に出れないし、昼間は行動不能だ」
「定命回帰」とは、ヴァンパイアになる前の種族に1日だけ戻れるという『教え(ヴァンパイアが血を消費して使う術)』だ。
1日維持するのにワイン樽一つ分の血を消費するので使い勝手が悪い術である。
イザリヤはそれを克服する手段をレイズエルに聞いているのだろう。
「了解。まず知ってると思うけど『教え:癒し:人工血液』で血液を作り出して『上級:無属性魔法:クリエイトマテリアル・ラージ』で作った樽(普通の物でも代用可)に入れる。これも知ってると思うけど『教え:血液増量』で最初に作った血液を樽一杯にまで増やす」
「そこまでは知ってる。普通ならその後『保存石』で鮮度を保つだろ?」
それは、種族「
欠点はかさ張る事。
「亜空間収納」があればいいのだが「エリヤル」で使えるとは限らない。
「私の「子(自分がヴァンパイアにした人物を示す)」が『凝縮液粒』という『教え』を作ってね。樽1杯分の血を錠剤みたいにしてしまう。血の麦と呼んでるわ」
レイズエルの現在の種族は
「ほう、不思議な術だな、教えてくれるか?」
「もちろん」
真剣な顔のイザリヤに、レイズエルは術の手ほどきをしていく。
覚えは非常によく、30分ほどで習得に成功する。
出来上がった「血の麦」を感心した表情で見つめるイザリヤ。
「ここにいる間に作りためていったら?それぐらいの猶予はある?」
スターマインドは申し訳なさそうにする。
「あと3時間です………」
「まあ、それでもある程度は何とかなるでしょう。出来上がったら小瓶に入れて私のマントに仕舞って行ってあげる。特殊なマントでね、持ち主と常に共に在り、どんな環境でもマジックアイテムとしての機能を果たすの。私用の「血の麦」は、製法は違うけど持っているから、いざという時には当てにしてて構わないよ」
そう言うと、レイズエルはどこからともなく、黒いマントを取り出して装着する。
そうか、と頷いたイザリヤ。
親友(腐れ縁ともいう)であるレイズエルの言葉を疑う気は全くないようだ。
「そうか、レイ。じゃあ頼む」
イザリヤはそう言って、3時間でできるだけの「血の麦」を作る事にした。
3時間後、20粒程度貯まった「血の麦」をマントに収納し―――即座に使わないといけない可能性を考えて1粒は手に持っているが―――出発の心構えはできた。
まあ、目覚めるといきなり牢の中、なんていうのも今までにあったので、心構えも何も………というのがレイズエルの本音ではあったが。
それに比べれば、今回は同行者の面でも恵まれている。
ともあれ、2人は光に包まれて「転生」するのだった。
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