ボクたちはキミたちとともに
佐倉 るる
第1話 車の中で
「ねぇー、この車狭い」
前原ミコトは、小さなコンパクトカーの後ろの座席に一人座りながら、不貞腐れていた。
「仕方ないだろ。東京から九州まで、車で行くとなったら何時間かかると思ってる?」
運転席から、お父さんの声がする。
「そうだけどさー……」
ミコトは開いていない窓の窓枠に肘をつきながら、外の田舎道をぼうっと眺める。
青い空に、もくもくと広がる入道雲。そこに広がる一面の緑。お洒落な建物なんてものは存在しておらず、見渡す限り田んぼと山だらけで、いかにも、田舎な佇まいである。
前原一家は、毎年、お盆の一週間、九州の大分県にある父方の祖父母の家に行くのが慣例になっていた。
羽田空港から、飛行機で大分空港まで行き、そこからレンタカーを借りて祖父母の家に向かうのだが、お父さんがレンタカー代をケチるせいで、借りる車が家にある車よりも随分と小さいため、毎年、窮屈な思いを味わうハメになる。
「あとちょっとなんだから我慢しなさい」
助手席から、スマホをいじっているお母さんがお父さんを援護する。
ここで反論しても、車が広くなるわけではないことをわかっていたので、「はぁい」と、素直に返事をした。
「そういえば、従姉妹の奈緒ちゃんは、もうおじいちゃん家に着いたみたいよ」
お母さんはスマホを小さなポーチにしまいながら、新たな話題をミコトに振った。
「げっ!また奈緒ねぇいんのー……?はぁ……、最悪だ……」
「こら、そんなこと言わない。奈緒ちゃん、よくしてくれるでしょ?」
奈緒とは、祖父母の家から徒歩十分くらいのところに住むミコトの二歳年上の従姉妹だ。二歳しか変わらないっていうのに、いつもいつも年上風吹かして、お姉さんぶってくるから苦手なのだ。
去年、奈緒が中学に入ってから、より一層お姉さんぶるようになり、鬱陶しさが増した。「アンタはまだ小学生だからわからないだろうけど」と、去年、何度得意顔で言われたことか。
「よくしてくれてるっていうかさぁ、俺のこと子供扱いしてくるんだもん。絶対アレは、俺のこと舐めてるね。大分とかいうド田舎に住んでるくせに」
「コラッ。奈緒ちゃんのこと悪く言わない。奈緒ちゃんも一人っ子だから、弟みたいにミコトを可愛がってくれてるんだよ。あと、大分はミコトが思ってるより、いいとこだぞ」
「別に俺は一人っ子でいいし……。そういうお父さんだって、大分捨てて東京に来たんじゃないか」
「捨てたわけじゃないぞ。ただ、お父さんの進学先が東京の大学だったってだけだ」
「それでも、同じじゃん。大学生の時に、大分の大学じゃなくて、東京の大学に行ったんでしょ?故郷を捨てたのと同じだね」
「ああ言えばこう言う。まったく、誰に似たんだか」
お父さんは、「この話は終わり」と言わんばかりにため息をついて「やれやれ」と首を振った、気がした。運転席の真後ろに座っているため、正確にはわからない。
お父さんも、お母さんも、事あるごとに、ミコトのことを『屁理屈』と言う。今みたいな軽い言い争いをして、話が平行線になってくると、両親ともに「やれやれ」と首を振って話を終えることがよくあった。
ミコトは両親のこの反応が好きではなかった。議論が強制終了されたみたいで気に食わないのだ。主張があるなら、最後まで主張してほしいし、最後まで意見を言わせてほしい。
今の話だって、お父さんがなんと言おうとも、祖父母の住む家が、何もない田舎という事実は揺るがないのだ。ここにあるのは、山と神社と綺麗な空気、そして、気さくなご近所さんだけ。大きな商業施設もなければ、コンビニもない。イベントだってほとんど開催されないし、出前もこない。
ないものばかりで、都会っ子のミコトには物足りない。こんなところに住んだら、えらく退屈だろうな、なんて思ってしまう。
基本的には、いい父、いい母であると思う。どこにでもいるような小太りな父に、飾りっ気のない素朴な母。
それでも、議論をさせない態度だけが、どうも気に食わないのだ。
ミコトは不満げに窓の外を見続けた。
「海が近かったらなー。海水浴できるのに。おじいちゃん家って、なんで内陸側にあるんだろ」
「ほーら、ミコト。文句ばかり言わない。文句ばっかり言ってると幸せが逃げちゃうわよ?」
「そんなの迷信でしょ?生憎、もう非科学的なことを信じる年ではありませんので」
軽く振り向いて話しかけるお母さんに視線を移し、手のひらを向ける。
「はいはい。ミコトももう六年生で『大人』だもんね。失礼しました」
「あーもういいよ。わかったよ。文句言わなきゃいいんでしょ」
少し頭にきた。言葉に含まれる嫌味にイラッとした。皆、ミコトを子供みたいに扱う。従姉妹の奈緒も、母親も、父親も。
自分のこと、『大人』なんて、思ってない。でも、みんなが考えているよりも『子供』ではない。小学六年生かもしれないけれど、いろんなことを考えているんだ。
ミコトは苛立ちながら、ゲーム機を取り出そうとリュックの中を漁る。だけれど、少し下を向いただけで、気分が悪くなり、この車がよく揺れることを思い出した。
「ああ、ほんと、オンボロ車」
誰にも聞こえないように、小さな声で悪態をつく。結局、窮屈な車体の中で、ミコトは、窓の外を眺めることしかできなかった。
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