第9話 4、5チャンネル

 健二は、疲れて寝てしまった。私は、ソファーに座ってボーッとしていた。どのくらい経っただろうか…。気がついたら考えることを止めていた。

 いつも恐怖や痛み、時間が過ぎることしか頭になかった。今の状態を変える為に何が必要なのかを何故考えなかったんだろう?

 恐怖は、思考を停止させてしまうのだろうか?今更だが、生きたいと希望を持っても良いのだろうか?生きて幸せを掴みたいと願っても良いのだろうか?


 健二の自殺ミッションは、本当にやらなければいけないのか?いや、健二の願いを叶える為には必要なことだ。もし、健二の願いを叶えたら、私は一生檻の中だろう。健二に飼われ、健二のご機嫌を取って、自分を消す。それって死んでるのと同じだ。何だか滑稽に思えてきた。


「バカみたい」


 今後の事を考えてみよう。今は、私がリモコンの所有者…。ん?所有者?

 と、言う事は…ミッションをやるかやらないかを決められるのは私なんじゃ…。

 私の寿命を2年差し出して、ミッションをパスすることができる。パスした上で家を出れば良いのでは?


 健二が寝ている間に…。


 そして、リモコンを手にして、テレビの電源を入れようとボタンに指をかけた。


「時子?」と後ろで声がした。びっくりして振り向くと健二が眠そうな顔で立っていた。


「健二、起きたの?」とそっとリモコンをテーブルの上に置いた。


「俺さ、自殺ミッションの夢を見たんだ。それが妙にリアルだったから、ミッションが達成されてたら良いなと思って…」


「確認してみうか?」


 テレビをつけて、ミッションの進行度を見たが、健二の自殺ミッションは2回とも残ったままだった。


「やっぱり夢じゃ駄目か…」と健二は残念そうに言った。


「健二、最後のミッションは、パスしない?今は、リモコンの所有者が私だから、寿命も私のを差し出せば良いと思うの。死なないとしても自殺をしないといけないのは、とても辛いことでしょ?」と、健二が首を立てに振ってくれることを願った。


「うーん…」と健二は悩んでいる様子だった。

「確かに、死なないと言っても、痛みや恐怖は感じるしな…。もし、時子がチャンネルを削除しなければ、俺はそのまま死ぬ訳だし…。それに、俺が居ない間に、ミッションをパスすることもできる。そうなれば、お前は、俺の前から姿を消すんだろうな…」


 え!?そうか!その手もあったか!と思ったが瞬時に、いや…直接じゃないだけで、殺人と同じじゃないかと思った。それに健二の勘の良さに背筋が凍る思いがした。自分が助かれば、健二の命を捨てても良いと一瞬でも思ったことに、人として本当に情けなかった。誰かの不幸の上に、自分の幸せを築けるはずがない。健二と私は、幸せの形が違うだけで、お互いに幸せになりたいと思っているはずだ…。


 しばらくの沈黙の後、健二は言った。

「じゃあ、これで終わりしよう…」

「うん」


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 この画面は、6チャンネルです

 パスワード:4231


 現在の進行度

 時子の自殺

 2チャンネル  削除

 3チャンネル  削除

 健二の大怪我

 7チャンネル  削除

 8チャンネル  削除

 時子の家出

 9チャンネル  削除

 10チャンネル 削除

 11チャンネル 削除

 時子の殺人

 12チャンネル 削除


 あと2チャンネルで

 あなたの願いが叶います

 *******************


「健二、パスってどうやって操作するの?何も書いてないよ?」

「……出来る操作と言ったら、チャンネル削除とパスワードの番号を入力することくらいか…」


「どっちにする?これ、操作を間違ったらどうなるんだろ?」と私は嫌な予感がした。


「どっちも変わらない気がする。試しにパスワードを入力してみよう」と健二が言った。

「もう少し、ちゃんと考えてからにしない?もし、操作を間違ったら、取り返しのつかないことになる気がする」

「たぶん大丈夫だ。ミッションをやってないからチャンネルを削除するのは違う気がするんだ。そうすると残りはパスワードしかないからな。時子、パスワードを入力してくれ…」

「いや…怖い」とリモコンを持つ手が震えてきた。

「ほら!早くしろ!」

「いやよ!」


「じゃあいい!俺に貸せ!」と健二は、私の手からリモコンをもぎ取っていった。


「4231…これでどうだ?」と言って、健二はバタンと倒れた。

「け、健二?どうしたの?ねえ?」と健二の体を揺すったがピクリとも動かない。

 し、死んじゃったの?と思った時にテレビからジジっと音がした。見てみると…。


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 この画面は、6チャンネルです

 パスワード:4231


 パスワードの入力を確認しました。健二の 自殺ミッションの強制終了の手続きをしま す。

 4チャンネルと5チャンネルの削除をして ください。

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「え?チャンネルの削除?」

 私は、何が起こっているのか理解できないまま震える手でチャンネルの削除を行った。


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 この画面は、6チャンネルです

 パスワード:4231


 現在の進行度

 自殺

 2チャンネル  削除

 3チャンネル  削除

 健二の自殺(強制終了)

 4チャンネル  削除

 5チャンネル  削除

 健二の大怪我

 7チャンネル  削除

 8チャンネル  削除

 家出

 9チャンネル  削除

 10チャンネル 削除

 11チャンネル 削除

 殺人

 12チャンネル 削除


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「終わったの?」


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 この画面は、6チャンネルです

 

 ミッションは、これで終了になります。

 尚、ミッション達成率が8割を超えていましたので、特別措置としてあなたの願いを8割分叶えることができます。


 パスワード:4231

 パスワード:1931


 どちらかを選んでください。

 *******************


「どっちにしよう…」と倒れている健二にふと視線を移した。チャンネルを削除したが、健二は動かない。健二の願いは8割だけ叶うが、健二はそれを喜ぶことはもうできない。それなのに私がどちらかを決めなければいけない。

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